Topics【Trends】最新のICT活用教育動向

米国の高等教育機関におけるAIの導入状況

【Trends】第25回  2021年12月27日配信

Trends(「ICT活用教育の動向」)では、現在のICT活用教育をめぐるさまざまな話題を紹介していきます。

AI(Artificial Intelligence:人工知能)技術の発展は著しく、その影響は大学をはじめとする高等教育機関にも及んでいるとされています。しかしその実態はどうなのでしょうか。
米国の高等教育レベルのICT教育推進組織 EDUCAUSE は、2021年6月7日から8日にかけて、会員を対象に、所属組織でのAIの活用状況に関するインターネット調査を行ないました*。その結果、米国の高等教育機関ではこれまで期待され、また喧伝されていたほどには、AIが活用されていないことが分かりました。

*調査はEDUCAUSE会員のうち、各大学・組織におけるIT分野のリーダーとして登録されている人物を対象に実施されました。回答数は195で、回答者の所属に、組織の規模(学生数)という点で偏りはなかったとされています。
 - EDUCAUSE QuickPoll Results: Artificial Intelligence Use in Higher Education

この調査結果は、EDUCAUSEの研究部門の責任者D・クリストファー・ブルックス(D. Christopher Brooks)氏による報告書のなかで紹介されています。調査結果は「教授に関するもの」「学生支援の分野」「組織運営」「導入に向けての課題」という4つの項目に分けて示されます。

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表1:「教授に関するもの」でのAIの導入状況に関する回答結果(出所:EDUCAUSE QuickPoll Results: Artificial Intelligence Use in Higher Education

「教授に関するもの」の項目では、回答者の6割が剽窃管理ソフトを、4割が試験監督アプリケーションを全面的もしくは部分的に使用していると答え、同分野でAIの使用がかなり普及していることが見て取れました(表1)。その一方で、それ以外の用途では、概ね2割に満たない使用状況でした。また「課題へのフィードバック」「チュータリング」「評価」「採点」という4項目については、回答者の半数以上が、使用しておらずまた今後の使用も予定していないと回答していました。これらの結果を受けてブルックス氏は、教授の分野でのAIの使用は今なお限定的であるようだと述べます。

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表2:「学生支援の分野」でのAIの導入状況に関する回答結果(出所:同上)

「学生支援の分野」では、回答者の36%がチャットbotを使用していると答えました。他に17%が導入を予定していると回答しており、その活用が進んでいることがわかりました(表2)。

それに対して、学業面の問題・リスクを抱えた学生を見つけるのにAIを使用しているという回答は全体の22%、学生への警告メッセージの送付にAIが使用されているという回答は全体の16%に留まり、また、他の7項目でも「使用している」という回答は1割以下に留まりました。
ブルックス氏によると、学生支援の分野でAIを用いることは、およそ10年前から期待と注目を受けてきていましたが、今回の結果はその評判に反するものとなりました。

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表3:「組織運営」でのAIの導入状況に関する回答結果(出所:同上)

「組織運営」の項目では、全ての項目について、2割から3割の回答者が、使用する可能性を模索中と答えた一方で、4割から6割が、使用しておらずまた今後使用する予定もないと回答しており、全体的に低調な結果となりました(表3)。

さらに、所属する組織でAIが使用されているかについて「知らない・わからない」と答えた回答者は、各項目で1割から3割存在していました。この結果からブルックス氏は各組織内でのAIに対する理解や認識の不足を読み取っています。その上で、彼は高等教育におけるAIの意味合いは、今のところ誇張して語られている可能性があると述べています。

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表4:AIを導入する上での課題に関する回答結果(出所:同上)

最後に、各組織でAIを導入する上での課題ですが、「大きな課題」「比較的大きな課題」という指摘が多かったものとして、「データ管理とその統合の非効率性」(72%:両指摘の合算値、以下同)、「不十分な技術力」(71%)、「予算面での懸念」(67%)、「データの管理方法の不十分さ」(66%)、「経営層からのサポート不足」(56%)といった項目がありました(表4)。

また、AIを導入することに対する「倫理的な懸念」や「アルゴリズムに対する偏見」が、導入の課題となっていると答えた回答者も7割近く存在しており、各組織内でのAIに対する理解も十分でないことが示唆されました。

以上のような、高等教育機関におけるAIのネガティブな使用状況を受けて、ブルックス氏はその報告書で、「AIがもたらす革命的な衝撃というのは、現段階ではあくまで誇大表現であるように思われる」と結論づけています。

高等教育機関におけるAIというテーマについては、最近、米国ワルデン大学がGoogle Cloudを用いたAIチューターシステムを開発したと報じられたばかりです。更なる技術開発・革新が進むなかで、高等教育機関でAIがどう普及していき、どう高等教育機関を変えていくのでしょうか。今後の展開から目が離せません。

過去の【Trends】記事は以下のリンクより

第24回「コロナ時代の高等教育の未来予想:EDUCAUSE Horizon Report 2021」(2021年12月6日配信)

第23回「2021年版 世界各国のMOOCプラットフォーム一覧が公開!」(2021年8月25日配信)

第22回「2020年 コロナ危機を受けて、さらに拡大したMOOC人口」(2021年8月4日配信)

第21回「MicroBachelorsプログラム」(2021年7月13日配信)

第20回「ハーバード発の新しい自然科学研究・学習プラットフォーム"LabXchange"」(2021年5月17日配信)

第19回「2020年秋学期の授業を振り返って:コロナ禍下での米国教員調査報告書より」(2021年4月12日配信)

第18回「ハイフレックス授業の課題:アメリカの学部教育の現場から」(2021年2月17日配信)

第17回「2021春学期に関する米国高等教育機関の動向」(2020年12月4日配信)

第16回「ハイブリッド型授業に向けた諸外国の準備状況」(2020年10月27日配信)

第15回「メディアを利用して行う授業」(2020年3月9日配信)

第14回「世界のビジネススクールが連携してオンライン教育の改善を図る Future of Management Education Alliance(FOME)」(2019年11月18日配信)

第13回「英コヴェントリー大学が推進するフルオンライン型の学位認定-今後5年で50以上の修士課程プログラムを新たに開講-」(2019年8月27日配信)

第12回「MOOCを利用した「留学」プログラム "Virtual Exchange Program"」(2019年7月9日配信)

第11回「企業や大学が提供する新たなMOOCプログラム "Professional Certificate Programs"」(2018年11月13日配信)

第8回〜第10回「シリーズ〜MicroMasters〜」(2018年6月11日、6月25日、7月12日配信)

第7回「アクティブラーニング向けの教室の整備がトップ項目に」(2018年2月20日配信)

第6回「アリゾナ州立大学によるMOOCを用いた初年次教育 "Global Freshman Academy"」(2017年12月7日配信)

第5回「ライス大学による電子教科書プロジェクト "OpenStax"」(2017年10月4日配信)

第4回「MITにおけるICT活用教育推進のための学内イベント "MIT Teaching with Digital Technology Awards"」(2017年9月20日配信)

第3回「人工知能(AI)と高等教育の未来?」 (2017年7月21日配信)

第2回「高等教育にもVR・AR」  (2017年7月11日配信)

第1回「MOOCをめぐる最新動向」 (2017年6月30日配信)