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Interview 09

大嶋正裕 副理事・工学研究科長・教授

PROFILE

1958年、石川県生まれ。京都大学工学部卒業、大学院工学研究科修士課程修了。工学博士(京都大学)。京都大学助手、宮崎大学助教授、京都大学大学院工学研究科助教授を経て現職。化学工学会理事、システム制御情報学会理事、プラスチック成形加工学会会長を歴任。2018年より工学研究科長・工学部長。専門は化学工学、高分子成形加工学、プロセスシステム制御。

本インタビュー記事は『京都大学のFD 2020』に掲載された記事に加筆したものです。

工学部・研究科における課題:応用力と英語力の強化

京大で最大部局である工学部・工学研究科長として、教育において尽力されてきたことや、工学部・工学研究科ならではの課題とはどんなことでしょうか?

各学科や専攻で、授業を工夫されているので、個別の授業科目については、とやかく言うことはしません。一方で、複数の学科・専攻で共通の課題は何か、横断的な課題は何かを考えるのが、工学部長・工学研究科長の責務なのだろうと思います。

工学部・研究科の第一の課題は、博士後期課程修了者の応用力の強化です。大学院教育では、専門色が強すぎて視野狭窄に陥りかねず、特に、博士後期課程修了者が専門に特化しすぎて応用展開力が低いと言われています。この課題に対しては、他専攻の科目を横断的に修得して修了できる「融合工学コース」を十数年前、大学院に作りました。例えば、医工連携的な分野で役立つ人材を育てる生命・医工融合や総合医療工学コース、光・電子科学に関わる人材を育成するためのコース、人々を日常の不衛生・災害・貧困などの脅威から解放するために都市管理や都市政策をどうするかなどを考えることができる人材を育成するコースなど、既存の専攻を横断するような学問体系のコースが作られています。これらのコースは開設から十数年たった今、見直しの必要性を感じています。

第二の課題は、STEAM教育と学生の余裕の問題です。桂キャンパスに移転してから、経済や文学の講義など他分野の授業や講演をちょっと覗き見する機会も余裕もなくなっているように見えます。多様性の意味合いも含めて何とかしなければいけないと感じています。これについては、まずは、桂図書館をうまく生かしていけたらと思っています。桂図書館の開館により、京都市街を一望できる素晴らしい眺望を持つ閲覧室で、日頃の研究室での喧騒から離れて、沈思黙考、深謀遠慮できる場所ができたわけです。「ゆとろぎ」を生み出せる場ができたと言えます。そこでは自分の専門以外の図書がたくさん開架されており、目に触れ、手に取れます。その環境で、自分の専門とは少し異なる本と出会い視野を広げることが、自分の専門分野以外に興味をもつきっかけになればと思います。ゆとろげる場所ができたというのは大きいと思っています。桂図書館は、産学連携にも生かしたいと思いますし、いろいろな情報発信の場にしていきたいと思っています。

関連して第三に、工学系の学生の英語力が今一つ伸びていない、TOEFLの結果からみても、「工学部の学生の英語力が大学に入って伸びない」といったことが指摘されています。研究科でもTOEFLの試験を、修士課程1年生に対して2年連続で実施し、学部生の成績と比較したりしていますが、目覚ましく英語力が伸びたというデータは出ていません。学生の英語力を何とか伸ばしたいという思いがあります。英語を学ぶ時間の余裕がないのでしょうか。

第四に、工学部の授業カリキュラムの階層性と提供の密度から、学部学生がなかなか海外に長期に出ていけない、留学できないという問題、京大のデータ上でも、工学部生の中長期留学が他部局より極端に少ないという問題があります。もともと海外経験は、4回生以上になって研究室配属された後、学会発表の機会を活かして海外に行く方が適切だというのが工学部の考え方でした。その考えのもとで、博士後期課程の学生には、17名優秀な学生を選考し、その学生の指導教員の知り合いの海外の研究室で1ヶ月間近く研究して過ごせるように、寄付金を使って経済支援する制度を大学院では設けています。一方、学部学生の海外留学支援については、工学部独自のものがない状況でした。海外への中長期留学は大学院でという基本的な考え方は変わりませんが、部局として学部学生にそのような機会を全く提供していないというのも問題だと思っています。

第五に、工学部・研究科は母体が大きいことの問題です。大きいことの良さの一方で、慣性力(伝統の強さ)が強すぎる感があり、重厚さはあるが機動力に少し欠けるところがあるなと感じることが多々あります。例えば、既存の専攻体制とその学理を重視するあまり、新しい学問組織を立ち上げようとする駆動力・モティベーションが低いように思います。歴史的に見ても、工学研究科は改組・教育組織改革の動きが鈍く、あっても時間がかかるという問題があるようです。研究科長に就任当時、工学研究科の5つの学系が担当し開講している融合工学コースの改編や今後のあり方の検討をお願いしましたが、なかなか進んでいません。工学研究科が博士課程教育リーディングプログラムや卓越大学院プログラムに応募できたのも、融合工学コースでその土台が築き上げられていたからだと言えます。しかし、これらは財政支援の期間が限られたプログラムであり、支援が終わったら自走していかねばならないプログラムです。そこで研究科としても自走・継続できる体制を作っておく必要があると考えました。博士課程教育リーディングプログラムや卓越大学院プログラムなどの経験を生かして、新たなカリキュラムを、今までの融合コースを見直す形で作ることが必要だと考えていましたし、いまだに考えています。その上で、時代に合わせた研究教育内容と人的構成の「戦略的専攻」と私は呼んでいるのですが、そうした横断的な組織を作り、学問体系の継続、財政基盤と人の構成の柔軟性と安定化を目指していく必要があると思っています。

いずれの課題も、突然起きた課題ではなく、歴代の工学部長・研究科長がずっと対峙し、解決策を考えてきた課題であり、いまだ完全な解決には至っていません。

Friends of Kyoto University(仮称)による支援

学生の英語力を強化するための方策として、民間の語学学校の講師に夕方に大学へ来てもらい英語クラスを有償で提供するQUESTという制度を運用してきました。今も実施していますが、参加する学生が少ない状況です。あわせて、実践的な英語科目の必要性から、附属工学基盤教育研究センターが主体となって、英語の授業を提供してもらっています。工学を専門とするのではなく、語学教育を専門とする教員を雇用して、その授業を立案・提供してもらっています。しかし、工学系の学生の総数に対して、それらの授業で英語力を上げる学生の数は少ないと言えます。

留学については、先ほども述べたように、海外での学会発表の機会は大学院で沢山あります。博士後期課程の学生でしたら、課程中に、必ず2回か3回は海外で学会発表できる機会があると思います。ただ、そのような海外滞在が1週間程度のものではなく、もう少し長い期間留学する機会を作ってあげたい、サポートしたいと考えています。大学院生は研究関係で留学できますが、学部学生はどうしても語学留学が主体になってしまうように思います。最近はそれでもいいかと思っています。

学生の海外留学や経験を積ませる機会を増加する施策については、少し明るいニュースがあります。理事の久能(祐子)先生の呼びかけにより、米国で、Friends of Kyoto University(仮称)という非営利組織が設立されました。米国内で集めた寄付を米国で運用し、運用益を改めて京大に寄付くださるという計画を進めていただいています。幸いにして、寄付文化のある米国に在住する篤志家の方が工学での教育・研究支援に向けて多額の寄付をしてくださることになり、その運用益で、米国に限定されますが、学生を短期・中長期に派遣する経済支援ができるようになりそうです。学部学生、修士課程の学生に対しては、語学留学を含めて数週間の研究・研修活動の必要経費を支援していくこと、博士後期課程の学生や若手教員には、渡航費や1・2年間の滞在費を支援できるような制度を計画しています。とにかく、英語に触れる機会をつくり、海外へ行って苦労する経験がある方がよいと思うのです。私も留学してやはり涙で枕を濡らしたタイプなので、そういう経験がないと頑張ろうと思わないですよね。

 

コロナ禍やそれへの対応を通じて、工学部の教育や教員にどんな変化がありましたか? 今後の教育・授業についてどんな構想、見通しを持っておられますか?

明らかにこの1年で、先生方のPandAを使ったLMSシステムの活用技量が上がったと思います。また、Zoomなどを使った遠隔授業の長所・短所を学んだと思います。双方向性を保つために、授業の中身を見直し、新たな課題(宿題)を作っているので、授業の質も上がったと思います。「ピンチをチャンスに」が今年の掛け声でもあったので、ポストコロナの授業では、培った経験と技量を生かした授業手法を推進してもらいたいと思います。来年度は、ポストというよりもWithコロナの状態が続くと考えますので、先生方には、ハイフレックスなどのハイブリッド型の授業の準備をしてもらっています。学部としては、各学科にハイブリッド型授業用に利用できる高性能のカメラやマイクを複数台、手配しています。また、オンラインの授業と対面の授業が同じ日に交互にあるような授業日程になると学生が困るので、学生の動きを考慮した、時間割をブロック化して作るようにお願いしています。

今後は、Zoomによるオンライン授業だけに留まらず、ICTを使った授業を進化させていければと思っています。例えば、Zoomの授業に自動で日本語・英語字幕をつけられる自動音声認識・同時翻訳授業支援システムの普及や活用、動画による実験の前説明はもとよりVRやARなどを使った実験の構築などは、工学部らしい授業の工夫かなと思っていますので、ぜひ進めてもらいたいと思っています。自動音声認識・同時翻訳授業支援システムは、コロナのためというよりも、学部の留学生のためと、前述した3つ目の課題である、日本人学生の英語力の強化のために取り組みを始めました。留学生については、特に日本語を知らないで入学してくるKyoto iUP生を念頭に置いています。Kyoto iUPプログラムが真に成功だと言えるようにするためには、学部での専門教育も重要であり、彼らがしっかりと卒業して、進学や就職ができなくてはなりません。国際高等教育院での集中的な日本語教育に加えて、日本語で提供される専門教育を十分に理解できるような日本語力を身につけていることが望まれます。一方で、専門科目の先生方に、英語で授業を提供することを強要することはなかなかできません。先生の中には、関西弁でないと自分の授業の味が出せないとか、日本人学生の理解を犠牲にして留学生のために英語で授業をやることはできないとおっしゃる方もいます。至極ごもっともなお話なので、そこのギャップを埋める道具として、自動音声認識・同時英語翻訳システムを構築し、留学生はもとより、英語を勉強しなければならない日本人学生が、できるだけ英語に触れる機会を増やせればと考えた次第です。さらに翻訳システムを使ってOCWやMOOCsなどを作ることができれば、その作成のための負担が少なくて普及が進むとも思っています。

 

自動音声認識・同時翻訳授業支援システムは、先生ごとに、担当科目ごとに、毎回収録してライブラリとして用意しています。ただ専門用語だけではなくて、その先生の話し方の癖とかアクセントとかによって認識できる単語が変わってきます。そのため、授業科目ごと、先生ごとにデータベースを作らなければいけないという状況で、思ったより時間がかかっています。このシステムでは、音声が聞こえて、1秒足らずで自動音声認識されます。その後、同時翻訳で、日本語と英語が一緒に出てきます。日本語の漢字に関してはルビを打つような形にしています。音声認識の方は、音声認識の第一人者である河原先生が作っておられて、正解率としては某企業が宣伝している機器では約80%であるのに対して、自動音声認識・同時英語翻訳授業支援システムでは92%から93%だとお聞きしています。翻訳の方は、これまた翻訳の第一人者である黒橋先生が、逐語訳するのではなくて、日本語をある程度ためてから推論で一気に訳すようなシステムを作っておられます。ある意味世界最先端の技術だと思っています。各学科で少しずつでもこのシステムに乗るような科目を増やして欲しいとお願いしていています。将来は全学的な動きになればいいと思っています。

学生が気軽に立ち寄れる保健室

2020年度前期の学生調査では、「1年生が上級生に比べてより多く不安や心身の不調を感じている」という結果が出ています。学生の学びと成長を支えていくにはどんなことが必要でしょうか。

工学部・工学研究科保健室

工学部・工学研究科保健室
出典:工学部・工学研究科Webサイト(https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/students/procedures/nurse)より転載

まず2回生以上の上級生は、オンライン授業であまり不便を感じていなくて、1回生がなぜ多くの不安や心身の不調を感じているのか、その原因が何かを考えねばならないでしょう。まだ大学生活に慣れていない、自分の描いていた姿と現実があまりにも違うということが原因のひとつだと私は思います。自分が学生時代どうだったかというと、やはり先生の無駄口というか、授業内容から脱線したときのお話の方が印象に残っていたりして、そういうところで先生と触れ合っていくというのも大事だと思います。一期一会というか、先生と出会う大事な一つのきっかけとして授業があると考えると、今できるのは、対面のオリエンテーションをできるだけ増やしてもらうとか、最初のきっかけ、顔合わせのきっかけを何とか作ることだと思っています。学生に、友達同士や教員と知り合う場、触れ合う場を設けてあげる必要があるかと思います。

工学部で一番深刻なのは、先生方が桂にいて、学部学生が吉田にいることです。それゆえ友達同士や教員との顔合わせの機会を作るために学科単位で少人数のオリエンテーションを実施するようお願いしました。後期の初めには必ず対面で1回、どこかでオリエンテーションをきちんとした上で進めてくださいとお願いし、授業に関してはオンラインでずっと続けてもらっています。他にもメンター制度や保健室の設置など学生が相談しやすい環境を整えています。

保健室は吉田に2室、桂に1室開設しました。最初に吉田に作った保健室で、養護の先生がとてもうまく運営してくださったので、これはさらに展開すべきだと思いました。それで桂に保健室を開設して、吉田にさらにもう1室作りました。養護の先生は職員としてそれぞれの保健室に入ってもらっています。学生は自分に合う養護教諭がいる保健室に行って相談できます。「保健室」という名前にしたのは、学生が立ち寄りやすいネーミングで敷居をぐっと低くして、高校生の頃、ちょっと立ち寄ったような気軽な感覚でいつでも相談できるような雰囲気づくりが大事だと考えたからです。いちいち予約して訪れるというのには抵抗があるので、できるだけ予約を取らずに立ち寄れる形で開室しています。保健室の活動については、本部の学生生活委員でもあり、カウンセリングルームと保健室の両方を理解している教員が保健室の先生方と連携して、半期ごとに相談人数や相談内容をデータでまとめてもらって話し合いをしています。その他にも教員側では、オリエンテーションや授業で、学生に対して保健室についての周知や理解に努めながら、保健室と連携しています。オリエンテーションでは学生に、悩んだらとにかく保健室に行くように案内しています。

コロナのときは、感染者とか自宅待機になった学生には、まず保健室の養護教諭の方から様子をメールで聞いていただいていて、パッシブではなくて、いつもアクティブに動いてもらっています。

最後に、この1年の京大および工学部・工学研究科のFDについてどう見ておられますか。

研究科長の3年間、私がやったことの一つに、年に1回の部局のFDの機会に15分ですが、話す時間をとってもらい、学部教育のあり方やKyoto iUPをどう見るかなどのお話を先生方にして、ある程度のVisionをお示ししたということがあります。Zoom授業やオンライン試験に関しては、先生方で、かなり綿密に情報交換をされて、熱心に取り組んで来られました。ある意味、この1年は、10年分のFDに匹敵するかもしれませんね。お昼に実施されたZoomによる講習会は、全学的なFDになったでしょうし、他部局の先生方がどのような授業をしているかを知ることができましたし、価値は高いものでした。これは、今後も続けてほしいですね。年に1回のFDではなくて、日頃からのFD活動が本来あるべき姿なのだと思います。

  (インタビュー・文 松下佳代・原裕美) 


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