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Interview 08

平島崇男 教育・情報・図書館担当理事・副学長

PROFILE

1955年、兵庫県生まれ。京都大学理学部卒業、金沢大学大学院理学研究科修士課程修了。理学博士(京都大学)。京都大学大学院理学研究科教授、理学研究科長・理学部長などを経て2020年から現職(教育・情報・図書館担当)。専門は変成岩岩石学とそれを用いた地下深部流体の研究。

本インタビュー記事は『京都大学のFD 2020』に掲載された記事に加筆したものです。

令和2年10月1日から、教育・情報・図書館担当の理事・副学長に就任されました平島崇男先生に、教育担当理事としての抱負や今後の教育の在り方について伺いました。

レイト・スペシャリゼーションと学生へのサポート

前職である理学部・理学研究科長として、教育において尽力されてきたことはどんなことですか?

理事就任に際して、理学部の「教科の手引き」を最初の引越荷物の一つとして持ってきました。その冒頭には、理学部・理学研究科の教育理念が書いてあり、この理念をどうやって実質化するかということに力を入れてきました。特に理学部・理学研究科は、京大の学風でもある「自由」を大事にしており、学生は自らの知的関心に即して自由に勉強することを尊重しています。能力と意欲のある学生には自由に勉強させたらいいという考え方が根底にあり、例えば、90年代ぐらいまで、理学部に必修科目はなかったのです。学習意欲のある学生にはものすごくマッチしていると思うけれど、目的がなく入ってきた学生にはつらいシステムだと思います。能力と意欲のある学生に対しては最初から「自由にやりなさい」と言っています。CAP制でも、理学部の場合は浅く広く学んでほしいので1回生の前期の履修登録単位数の上限は34単位になっています。また、1年の後期以降においても、その前の期にA以上が16単位以上ある場合は履修登録単位数の上限を設けていません。しかし、能力と意欲のある学生はいいのですが、目的意識が薄いまま入ってきた学生や授業でつまずいた学生にはサポートが必要です。

私もそうでしたが、理学部の学生の多くは、漫画『数字であそぼ。』でも描かれているように1回生の数学でつまずきを経験します。私の場合は1回生の数学の授業でいきなり先生に、「僕の授業に合格するのは5割だよ」と言われました。本当に難しかった。理解できなかったのです。最初の関門はそこにあるわけです。そういうときは、周りの同級生や教員と交流していたら、こうしたつまずきを乗り越える方策が見つかるんだろうと思いますので、今、理学部では少人数担任制を敷いています。成績がよくない学生に対してはできるだけ手厚くして、進級できない・成績が急に落ちたというようなケースには三者面談も行って学生をフォローしています。1・2回生のときに実際に学生と担任が会うのは年2回ですが、学生を早く学部になじませる、専攻に入っていく途中で何か引っ掛かったら、担任の講座に来るという意味で機能しています。しかし、成績がよくない学生でも、面談に来る学生はいいのですが、来ない学生がいるのが課題です。また、2年生の終わりに5つの系のどれに入るのかの系登録を行うのですが、系登録ガイダンスを繰り返し行い、学生に事前に理解してもらえるよう努めています。理学部生が挫折を味わう二つ目がM1の冬ごろです。学部生はだいたい、大学院まで就活をせずに来てしまい、就活を始めると、企業の求める人材に、自分は全然合っていないと落ち込む学生がいます。

理学部には理学科1学科しかなく、必修も卒論(「課題研究」)のみです。最初から専門を絞るのではなく、「レイト・スペシャリゼーション」といって、多様な学問分野を広く学ぶことで、学問の多様性に早くから気づき、その中から自分の専門性を見つけていくよう促すという方針をとっています。また、「自主ゼミ」も積極的に推奨してきました。これは学生が自ら研究したいテーマを立てて、自分たちで進めるゼミです。部局としても、自主ゼミのために講義室を貸したり、教員も輪読などに参加したりしてきました。私も学部生の時に自主ゼミを経験しましたが、1回生のときは、輪読するのに助手の先生に頼んで、3回生のときは、この分野を勉強したいとその当時の教授と助手の先生に相談したら、「じゃあ、この英語の本を輪読しよう」ということで付き合ってくださいました。本当にありがたかったです。1・2回生はだいたい、自分の適性はどこに合っているんだろうか、クラスの中での立ち位置がどうかを見て、次の道を探すのではないでしょうか。このように、学生が挫折を味わいながらも、友達や教員との相互交流の中で、大学に早くなじみ、自分の適性を探っていくプロセスを組織的にサポートしていくことが重要だと思っています。

アカデミック・フリーダムの尊重

そのような理学部でのご経験をふまえて、教育担当理事としても、京大の学風である「自由」を今まで以上に尊重していこうとお考えでしょうか?

「自由」という言葉ほど難しいものはありません。自由は守らないといけないでしょう。ただ、本当の「自由」は、自律してこそ自由なのです。自分だけで生きている学生はそんなにいません。そして「自由」とは何をしてもいいという行動の自由を意味するのではなく、科学における各人の自由な発想を意味します。自由で独創的な発想から、社会を変える新たな技術や歴史的な発見など、何が生まれるかわかりません。アカデミック・フリーダムを大学として尊重していきたいと考えています。学問においては、学生と教員は対等であり、自由を尊重する京大の学風の中で、のびのびと学生自身が研究したいテーマに主体的に取り組んでいってほしいですね。

学生サポートの充実と学生のモチベーションの向上

教育担当理事としての抱負をお聞かせください。 京大の教育の課題をどのように捉えておられますか?

今、感じているのは多様性ということです。近年、京大の学生の学力レベルやバックグラウンド、退学理由は、大変多様になってきました。最近、前教育担当理事の北野先生から産学協働イノベーション人材育成協議会(C-ENGINE)の仕事も引き継ぎました。そこで企業の方とお話しする機会があったのですが、企業組織における人材構成には、「2:6:2の法則」 があるということでした。「上位2割は優秀、中位6割は手を入れれば機能する、下位2割はもう手を入れない」と。しかし、大学の教育においては最後の2に手を入れないわけにはいきません。最後の2にいる学生をサポートする体制の構築に力を入れていく必要性を強く感じています。具体的な方策の一つは、カウンセリングルーム体制のより一層の充実です。相談に行く学生はいいのですが、相談に行かない学生もいるのが課題です。最近では新型コロナウイルスの影響で大学に来られなくなってから、オンラインの授業にも出られなくなって、前期ずっと来られなくなった学生がいたりします。それともう一つは、本人のモチベーションをどうやって上げるかという点です。二次志望でその学部・学科・系に入学した学生のモチベーションを上げるために、例えば私の教室では3回生から入ってきた瞬間に教室コンパをやって、友達づくりもします。また、野外調査実習などの団体行動を通して、それになじんできた学生たちは何とか持ち直します。今、その機会がないのが、一番の心配です。最後の2にいる学生をどうするかは、解はないのです。地道に努力するしかありません。最後の2にいる学生たちがちょっと考え方を入れ替えてくれただけで、すっと行くということだと思うのです。京大の学生は、元々能力はとても高いのです。ただ、能力の発揮の仕方や、自分は何が不得手なのかといったことを理解していないこともあります。入ったのが自分の学びたい学科ではなかったという不本意入学の学生もいますし、どうしてもこの学科・系に行きたいというこだわりの強い学生も多いです。学生のつまずきも多様になっており、そうした学生のモチベーションを全学的にどのように上げていくかが課題です。

オンライン活用の継続とバリエーションの拡大

コロナ禍の中での教育担当理事就任となりましたが、コロナ禍における教育・授業のあり方をどのように考えておられますか?  現時点で、ポストコロナにおける教育・授業についてどんな構想、見通しをもっておられますか?

オンラインという手段については、いいところは使いましょうということだと思います。京大の教員調査からも読み取れるように、コロナ禍で我々は、オンラインを活用した教育に様々なメリットを見出しました。例えば、私が担当した4回生の授業では、PandAを使って資料を提示して、その資料から何が読み取れるかという解説をしました。PandAに提示するのはあくまでも補助資料であり、オンラインで資料だけ渡されても、誰も読まないと思います。やはり解説が付くから、学生たちが気づきというか、勉強の仕方、ポイントを理解するのです。学生も教室よりも資料が見やすいようで、事前に資料を読み込み、授業で熱心に質問をしてくれました。すごく学習効果が高いと感じましたね。オンデマンド型授業には、留学生にとっても日本人学生にとっても、何度も見返して学ぶことができるというメリットがあります。

来年度も、我々がコロナ禍で学んだオンラインを活用した教育方法やPandAといった使えるツールは残してどんどん活用していったほうがいいですね。ポストコロナにおいては、授業形態・学習方法のバリエーションが増え、ブレンディッド教育が進んでいくと思います。他方で、新型コロナウイルスに感染しやすい場所を考えると、授業以外の、課外活動や食事の場をどうしていくかという対策を練るのが課題です。昨年の夏に、理学研究科では大学院入試を最初は対面でやろうとしていたので、1日に何個お弁当を出すか、席数をどうするかを、生協さんと一緒に対策を練っていたのです。その後、理学研究科の化学系と農学研究科が対面で大学院入試を実施し、それ以外は全部オンラインに変わっていきましたが、そのときもやはり食事をどうするかが最大のネックでした。

教職員の一致団結とこれまでの蓄積

先生は「教育」の他に、「情報」「図書館」も担当されていますが、これらをどのように関連づけておられますか?

現在のような流れでいくと、「教育」「情報」「図書館」は不可分です。京大がコロナ禍ですぐにオンライン授業や学生支援に対応できたのは、各部局、教職員、非常勤の先生方の素早い対応と協力があったおかげです。そうした先生方のご努力に加えて、情報環境機構のサポート、高等教育研究開発推進センターのオンラインを活用した教育コンテンツの開発やFD、附属図書館における電子リソースの活用など、今までの蓄積が花開いたということもできるでしょう。前もって準備していたものがあるので、この100年に一度の国難を何とか乗り切ったという感じがします。関係の先生方に大変感謝しています。オンラインをうまく使わない手はないでしょう。ただし、オンラインだけではないというのが、今後の進め方になると思います。今後も世界的にオンラインを活用した教育が、重要なツールの一つとなる以上、教育支援・情報・図書館と各部局との連携を今まで以上に強めながら、部局を越えてより良い教育のために何ができるのかを考えていかなければなりません。

1年生に対するフォローアップ

特に、今年度前期の学生調査では、1年生が上級生に比べてより多く不安や心身の不調を感じているという結果が出ていますが、それについてどんな対策をお考えでしょうか?

2020年度、1回生においては学生同士で知り合う機会もままならなかったという現状があります。最近参加したあるシンポジウムで、コロナによる対面授業というのは、1回生にとっての一種の危機、つまり対人関係を築けなかった危機なのだという指摘がありました。また、2020年の2月ぐらいから前期はオンラインで授業をやると決めたある大学の関係者は、後期になって対面の授業に嬉しそうに出てくる学生を見ると、対面は絶対必要と言っていました。京大の学生も参加している大学間の共同の授業プログラムによっては、実地研修で現地に行かざるを得ないから、オンラインでは無理なものもあります。そうした状況下で、オンライン授業に参加できなくなってしまった、実験に来られなくなってしまった学生が増えたという声や、相談にも行かない学生がまだ多くいるという意見を様々な部局から伺っています。カウンセリングルームで対応してくださっていますが、十分とは言えません。カウンセリングルームだけでなく、各部局でも引き続き、学生に対するフォローをお願いしたい次第です。例えば理学部では、相談室を設けていて、LINEを活用した週1回の学生同士の談話会を開いてモチベーションを保ったということがありました。また少人数担任制を活用して少人数で学生同士の交流の機会をもつよう先生方にお願いしていました。

各部局でどんなグループでもいいので、感染対策を講じながらも、学生同士が知り合う場や話せる場を設けてほしいと思います。理学部は2020年4月に、建物の中で人の往来の少ない場所にたまり場をつくって、そのたまり場を、相談室に来ている10人くらいの学生たちで自主的に運営してもらいました。その部屋が、コロナで使えなくなったので、LINEで週1回の談話会みたいなものをつくっており、そこに入ってくる学生たちは、定期的に意見交換しているからモチベーションが保たれているようです。どんなグループでもいいから、お互いに知り合う場、しゃべれる場をつくってあげることが必要だなと思います。各学部・学科で教員が10人程度のクラス・ユニット単位で学生の面倒を見ていけば、少しずつ学生同士のネットワークが広がって、大学になじんでいくのではないかと思います。

これからのFDと京大の教育について

コロナ禍に直面するなかで、京大の先生方は短期間のうちにオンライン授業/ハイブリッド型授業に対応し、教えや学びを止めることなくここまで進んできました。その中では講習会だけでなく先生方による経験の共有・交流も大きな役割を果たしたと思います。先生は、この1年の京大のFDについてどう見ておられますか。また、今後は何が課題になるでしょうか?

コロナ禍で授業のノウハウや各部局の取り組みの学び合いがオンラインで急速に進んだ1年でした。高等教育研究開発推進センターが毎週のように開催した「私のオンライン授業@京大」などの講習会で、各先生方の情報交換の速度が早まりましたね。また録画配信されて、先生方が自分の都合の良い時間に様々な部局の先生の取り組みをオンラインで見られることも、ご多忙な先生方にとっては便利だったと思います。オンライン授業は教職員の皆さんが本当によく協力してくださって、そうでないとできないことだったはずです。

京大のFDが、今後も各部局をつなぎ、教職員皆さんの協力を得て、発展していくことを期待しています。

平島先生と、インタビューを行った高等教育研究開発推進センターの松下佳代教授(中央右)、田口真奈准教授(左)と原裕美特定研究員(右)
撮影:岡田正大(京都大学高等教育研究開発推進センター教務補佐員)

インタビューこぼれ話

絹田村子『数字であそぼ。』小学館

この漫画は、地方から出てきて、吉田大学理学部に入り、最初の数学の授業で落ちこぼれるというストーリーです。理学部の数学の先生が原作に関わっているんじゃないかと思えるくらい、リアルに描かれています。留年は免れましたが、私も主人公と同じような挫折をしましたよ。 (平島理事談)


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