Topics教員インタビュー

電子教科書を用いて目指す
「より人間らしい」教育

京都大学 大学院理学研究科 馬場正昭先生(電子スピン化学)

今年(2017年)から大学生協との協力のもと、電子教科書の導入を決めた先生がいると元同僚から聞いた。趣味のサッカーを通じて知り合ったそうで、お人柄も素晴らしいとのこと。
本学における電子教科書の活用事例、初めての取材、と勢いよく向かった先にいらしたのは、「電子教科書はツールの一つに過ぎない」と言い切る理学研究科の馬場先生だった。
過去30年近くにわたり京都大学で教鞭を振るわれてきた馬場先生が、長年にわたり目指してこられた教育とは何か。お話を伺った。

プロフィール
京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 物理化学講座 教授、博士(理学)
神戸大学理学部助手、京都大学教養部助教授、同大学総合人間学部助教授などを経て、2004年4月より現職。
これまでに単著として『基礎量子化学:量子論から分子をみる』(サイエンス社、2004年)『新基礎化学:物質と分子を学ぼう』(学術図書出版社、2006年)『教養としての基礎化学:身につけておきたい基本の考え方』(化学同人、2011年)のほか、編著『現代物理化学』(化学同人、2015年)『物理化学要論:理系常識としての化学』(学術図書出版社、2016年)など、複数の教科書を執筆。
1989年に母校である京都大学に戻ってきて以来、全学共通科目(かつての一般教養科目)の授業改善に積極的に携わってきたほか、2014年からはスポーツ実習(サッカー)の講師も担当。趣味は、テニス、音楽鑑賞、京都学。

コミュニケーション・ツールとしての電子教科書

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左:馬場先生の講義「文系向けの基礎化学」の様子(2017年5月撮影。馬場先生提供)
右:馬場先生が担当するスポーツ実習(サッカー)の様子。馬場先生自身、フットサルを楽しまれており、先生を紹介してくれた元同僚もここで先生と知り合った(写真はスポーツ実習の一コマ)

まず、先生の電子教科書を用いたご実践について伺っても宜しいですか。

現在電子教科書を利用している授業「文系向けの基礎化学」(以下、「基礎化学」)は元々あった「化学概論」という授業を改組して、2007年から始めた授業です。授業中は化学の基礎知識を教えるだけでなく、環境問題や原子力発電の是非といったいわゆる「答えのない課題」をテーマにディスカッションやプレゼンテーションをしてもらっています。
こういった課題は理系の人間のみでは解決できず、行政や法律、経済を学ぶ文系の学生にこそ考えてもらいたいと思い、授業設計をしております。

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電子教科書そのものは今年度(2017年度)の前期から使い始めました。元々使っていた紙媒体の教科書『教養としての基礎化学』を大学生協さんの協力のもと電子化し、その上で同じく生協さんが開発した大学生協DECS(Digital Education Contents Support)のVarsityWave eBooksのプラットフォームで公開し、電子教科書の利用を希望する学生に使ってもらっています。
初年度ということもあり電子教科書版を購入した学生は少なかったのですが、一度使ってみると結構ぴったりとはまるみたいで、授業中にPCを眺めながらニヤニヤしている学生を見るとつい嬉しくなってしまいますね。

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電子教科書の付箋機能の様子。
今回はディスプレイと繋げて説明して下さった。

電子教科書の機能としては、現段階ではマーカーや付箋、コメントを教員・受講生間で共有する機能や、授業中にアンケートをとって結果を共有する機能が中心となります。
共有した情報の見え方や学習ログの可視化の話は、これからの課題ということで大学生協さんに要望を伝え、目下改善方法を話しあっているところです。

よく聞かれるのが導入・運用のコストですが、導入に際しては、ほとんどコストはかかりませんね。むしろ、新しい取り組みを始めるための熱意が重要かと思います。その際、運用も含めて、大学生協の担当部局の方が親身に相談に乗ってくれますので、心配は不要です。

これまであった授業に電子教科書を取り入れられたのですね。どのような経緯でその導入を決められたのですか。

電子教科書そのものについては、元々関心をもっており以前より導入を考えていました。折しも3年ほど前、京大生協の常任理事だったのですが、そこで全国の大学生協から電子教科書の運用に参加して欲しいというお話があり、開発段階での議論を経て、今年導入したというのが経緯です。
その際、まず期待したのが、学生とコミュニケーションをとるツールとしての機能です。私自身はより人間らしい教育を実現することを目標にしており、そのためにはコミュニケーションが重要な役割を果たしてくるからです。

一度大学に来られなくなった学生のフォローを、電子教科書で

「より人間らしい」教育ですか。そのあたりもう少し詳しく伺ってもいいですか。

まず一つには、授業についていけなくなる学生のフォローですね。私が担当する「基礎化学」は全学共通科目のため受講生の多くは1年生となります。1年生の前期というのはとても重要な時期で、ある調査によると、その後ドロップアウトする学生の多くがこの時期に既に周りから孤立しており、大学に来られなくなっているという結果がでています。

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学部1年生の前期からのフォローが重要と語る馬場先生

そういった学生に対しては、例えば私の所属である理学部では少人数担任という制度のもと、1年生の全学教育科目の段階で出席状況の悪い学生に対してメールで連絡し、面談を受けるように促しているのですが、一度来られなくなった学生に対してメールで連絡しても多くの場合返信はありません。
また、メール以外の手段、例えばSNSを使ってコミュニケーションを取ろうとしてもやはりうまくいきません。私見ですが、京大生の場合、入学前のよくできていた自分のイメージがあるためプライドも高く、その一方で人に頼ることに慣れていないことが多いからです。
このようななか、大学での学びについていけずに「金縛り」のようになり、大学に来られなくなっている学生が多くいます。そこで「頑張れ」なんて声をかけても、彼らにとっては苦しいだけです。

確かに、一度大学に来られなくなってしまった学生のフォローは難しいですよね。

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馬場先生が電子教科書上でレポート課題を出す様子(クリックで拡大)

そうです。じゃあどうするか、というときに、電子教科書なら学生が普段使っているスマホやPCで教科書を開いて、今日はここをやった、今日の課題は何でどんなレポートが出ている、というのが家にいてもわかります。そしてこちらとしては、電子教科書越しに、いつでも良いから試しにやってみてねと伝えることができます。つまり電子教科書を用いることで、授業に来ている学生とは勿論、大学に来られなくなった学生ともコミュニケーションを自然にとることができるようになるのです。

なるほど、普段学生が使っているSNSやインターネットと同じ土俵に教科書を入れてみる、ということなのですね。

そうです。今の学生の多くは、ICT機器には強いですし、電子教科書ならインターネットをみる感覚で、授業で扱った内容に関する情報に触れることができます。先ほどの大学に来られなくなってしまった学生たちにとって、何か情報を得たい、あるいは救いが欲しいというときに、普段使っている機器で大学との接点をもてることは大きいと思います。そういった学生にとって、電子教科書がもう一度大学での勉強を頑張るきっかけとなればと考えてます。

ICT機器というと、ややもすると、最新機器で綺麗な映像を見せるものと思われがちですが、それが唯一の目的ではなく、学生といかにコミュニケーションをとり、どう1対1で言葉を交わせるのかという点が、私個人としては最も重要な点だと考えています。開発者にもそのことを伝え、理解してもらいました。

「人間らしい」教育を目指して

他にも「より人間らしい」教育について考えていらっしゃることはあるのでしょうか。

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学生のライフパス全体をみた上で大学での教育を考えなければならないと語る馬場先生

もう一つには、学生のライフパス全体に目を配った教育をしたいという気持ちです。
京都大学の場合、小中高としっかりと育ててもらった良い学生を預かり受けている以上、ゆくゆくは社会のリーダーになってもらうような学生に育てて外に出してあげなければいけない。そのためには専門科目のみを教えるだけではダメで、全学共通科目の段階から、まずは社会全体に関心をもってもらい、基礎的な考え方を身につけてもらい、そこで学んだことを自分自身に引きつけて「外化」する訓練をしなければならない。

そのためにも、こちらとしては、まずは学生の学びたいという気持ちに火をつけなければならないし、授業中は基本となる考え方を教えてあげる必要がある。考え方の基礎を身につけることができたら、知識やデータはネットやICTを用いて調べてもらえば良いわけですから。

具体的にはどんな授業をされているのですか。

例えば、私の「基礎化学」の授業で地球温暖化をテーマとしたときには、まずは身近な話題である「台風18号」(2017年に発生した、観測史上初めて九州・四国・本州・北海道の本土4島すべてに上陸した台風)の話五山の送り火のLED化の話を紹介した上で、京都議定書、パリ協定と話をし、最終的に2030年の日本の電源構成の話を考えてもらっています。

日本の電源構成ですか。

そうです。2015年に出された経済産業省の計画では、国の電源構成のうち再生可能エネルギーの比率を22〜24%にするとともに、原子力発電の割合を2割程度に戻すといっています。しかしながらこれはともに難しい数字で、前者でいうと、現在の再生可能エネルギーの割合は水力合わせて12%ほどですが、水力発電はなかなか増やせないので、それ以外の電源で今の2倍にしなければいけない。では具体的にどの電源で確保するかというと、どれも簡単に増えるようなものではありません。

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馬場先生の「基礎化学」の授業風景(馬場先生提供)。「基礎化学」の授業は登録者数が300名にまで増えてしまったため、現在はディスカッションは実施せず、希望者がプレゼンテーションをする形式をとっているとのこと。ディスカッション形式は、馬場先生が他に受けもたれている「統合科学」という全学共通科目に受け継がれている(「統合科学」の紹介動画はこちら)。

ひるがえって後者についていうなら、あれだけの原発事故を経験しておきながら、原子力発電を2割程度に戻すべきなのかという議論も当然でてくる。
このような観点を示しながら、学生たちに彼らが考える2030年の電源構成のあり方をレポートとしてまとめなさい、という課題を出すんです。そうすると学生はしっかりと調べてきてくれます。

こういった文系・理系の考え方や知識をともに必要とする課題に取り組み、ディスカッションをしつつ検討する授業こそ、私の考える「リベラル・アーツ・アンド・サイエンス」です。こういった授業のなかで、情報を検索できる電子教科書やICT機器は効果を発揮してきます。

「パンキョウ」の改革から2つの震災を経て

現在の授業実践の形へと至った経緯について伺ってもいいですか。

今の問題意識との繋がりでいうと、私が本学の教養部化学教室の助教授として戻ってきた1989年にまで遡ります。母校に戻ってきて感じたのが、「パンキョウ」(一般教養科目)の多くで、教員である私の目からみても、退屈で非効率的な授業がおこなわれているということでした。

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京都大学に戻ってこられて翌年に、馬場先生が学内誌に寄せた論考(画像クリックで拡大)。ここで述べれられた「化学は人文科学である」という「発見」は、今日に至るまで馬場先生の問題意識に繋がっている。

そこで、せめて担当授業くらいはと思い、学生参加型の授業を試みるとともに、まだ当時はインターネットや液晶ブロジェクターは普及していませんでしたので、色々と図を作っては透明シートに印刷してオーバーヘッド・プロジェクターで白板に投影しつつ、みんなでディスカッションをしていました。
その後、インターネットやノートPCが普及してくるなかで、スライド資料やCG動画などを授業に取り入れていきました。ICT教育の黎明期であったように思います。

その5年後の教養部の廃止と総合人間学部の新設に際しては、当時の一般教養科目、今の全学共通科目の改革にも携わりました。とりわけ今のILASセミナーに繋がる「ポケットゼミ」の立ち上げに尽力したことを覚えています。

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1995年12月、阪神・淡路大震災の鎮魂と復興を祈って開催された「神戸ルミナリエ」で4人のお子さんと(馬場先生提供)。
家族との絆は、馬場先生が教員として生きてこられる中で、大きな力になったとのこと。

若い世代の人たちに、人間として生きていくことについて考えてもらいたい、そのきっかけを提供したいと強く思うようになった大きな契機が、1995年の阪神・淡路大震災でした。
神戸在住だった私も被災したのですが、共同研究をしていた前任校の学生たちが一瞬にして生活を壊されてしまった姿をみて、彼らに対して何かをしてあげなきゃいけないという気持ちが自然と湧いてきました。私自身もショックを受けていたのだと思います。

それから学生支援のための活動を始めるようになりました。
授業外でも、学生の勉強や研究、進路の相談に乗ったりするようになり、今でも私の研究室には、かつて大学に来られなくなった経験をもつ学生が集まり、彼らの面倒を見てあげています。

「より人間らしい」教育の背景には、阪神・淡路大震災でのご経験があったのですね。

そうですね。先にも触れた京都議定書が採択されたのがちょうどその時期でした。化学の専門家として地球温暖化問題に関心をもった私は、人のため、学生のために、環境や生活の問題を扱った授業を始めようと思いつきました。

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馬場先生が放送大学でおこなった授業の様子(馬場先生提供)。この授業を準備するに際して、映像技術がもつ可能性に触れたことが、今日のICT活用に繋がったそう。

最初は放送大学の映像授業で、2004年の総合人間学部の改組に伴って理学部に戻ってきてからは担当する全学共通科目で、それらの問題を扱うことにしました。これが「基礎化学」の授業です。

ディベートのテーマには、冒頭お話ししたように二酸化炭素の排出削減を進めるべきかどうかや、原子力発電をこのまま続けて良いか、といった問題を扱いました。

「3.11」以前から原子力発電の是非を議題にされていたのですね。

その点ですが、今「基礎化学」で用いている教科書『教養としての基礎化学』のゲラができたのがちょうど2011年の2月だったのです。そこでは津波の話も扱っているので、その翌月、東日本大震災が起きたときは、正直、身震いしました。

ただ正直にいいますと、津波による原子力発電所の電力喪失とメルトダウンまでは、私もそのときまで想定していませんでした。
そのため、仮に原子力発電所の是非についてディベートをしたときも、文系の学生たちの多くが反対というなかで、理系の人間である私自身は、「科学的に安全である」という「事実」に対し自信をもっており、二酸化炭素排出量の削減という観点からみても、原子力発電を利用するしかないと考えていたのです。
その「原発神話」が東日本大震災では崩れ去り、その直後の授業では本当に泣くような思いで授業をしたことを覚えています。

受講生のなかには、福井県小浜市出身で大飯の原子力発電所で祖父がずっと働いており、原子力は危ないかもしれないが、仕事がなくなると生活そのものが立ち行かなくなるという女性もいました。
ディベートを取り入れたアクティブ・ラーニング型授業では、こういった多様な意見からハッとさせられることも多く、私自身学生から勉強させられていることが多いです。

若手教員にこそ教育を頑張ってもらいたい

先生はあと2年で退官されると伺いました。これからの京都大学の教育に関して、電子教科書に限らず残しておきたいことや言葉はございますか。

まず電子教科書についてですが、あと2年間で完成させ、若い教員が受け継いでくれるよう伝えていきたいと考えています。

この間、他学の教員の方々とも情報交換しつつ、実際に使ってみて感じたのが、電子教科書は、座学やゼミナール、演習、実習といったほぼすべての授業形態で使えそうだということです。その際、ほとんどの理系科目や語学、環境系科目などで使えるだろうと思いますが、なかでも一番力を発揮するのが専門科目ではないかと感じております。

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ご自身が執筆に携わられた教科書を紹介される馬場先生。教育での経験が研究にも活きてきたと語られた。共著で書かれた『現代物理化学』(化学同人、2015年)は、日本で最初のフルカラー教科書で、目下、電子教科書化を検討中とのこと。

若い世代の方たちの場合、導入の際の障壁となりがちな「デジタル・アレルギー」も少ないので、うまく利用してもらえると思います。

この点に関して付け加えると、やはり若手の教員の方々にこそ、教育を頑張ってもらいたいと思いますね。今の若い人たちは研究が忙しくてなかなか教育にまで手が回らないと聞いております。
ただ、学生のためにと思ってやっていたことが廻り回って自分の成長に繋がっていることが経験上、多々ありました。

基礎教育を通して研究者としても成長ができることを実感してもらいたいのと同時に、研究に忙しいからと言ってないで、学生とICT教育を楽しむのも悪くないですよ、と勧めさせて頂きたいです。

なるほど、教育での経験は学生のためだけではなく教員自身にも活きてくる、ということですね。
学生に向けてはいかがですか。

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学生には人間として成長して欲しいと話す馬場先生。ご自身、スポーツ実習を担当するとともに、救命講習の資格もお持ちとのこと(写真は体育会所属の部員向けAED講習の様子。馬場先生提供)。

そうですね、学生たちには、卒業単位を取るために勉強するのではなく、将来のことを考えて勉強しなさいと伝えたいですね。専門知識はもちろん重要ですが、それだけではダメで人間としての力がないと研究も仕事もできない。

せっかく大学生になったのだから、成績ばかりに汲々とせず、部活動やサークル活動にも励んでもらいたいですね。

そのためにも、いろんな可能性や選択肢を与えてあげて、高校から大学、そして社会へとうまく羽ばたいていけるような仕組みを、大学としても構築してもらいたいですね。

最後に、これまで馬場先生がやってこられたご実践を振り返られていかがでしょうか。

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ご自身を教養部出身の「残党」と称された馬場先生。先生は京大ではマジョリティなのですか、と水を向けたところ、「勿論マイノリティです、でもいいじゃないですか京大なんで。逆に私のような人ばかりでも大学は回りませんし」と、笑われた。

振り返ってみると、教養部出身の「残党」としてこれまで色々と教育手法や教科書・教材を作ってきました。そういった教育上のノウハウやツールを生み出すソースが、教養部にあったのではと今では思います。
ただ教養部出身者はこれからみんな退職していきます。

ある程度、継承はしたいと考えていますが、これがずっといいというわけではないので、若い人たちには必要に応じて打ち壊して、新しいものをどんどんと作っていってもらいたい、そう考えています。

本日は長時間にわたり、インタビューにお答え下さり、ありがとうございました。

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馬場先生と、取材にあたった高等教育研究開発推進センターの田口准教授(中左)並びに鈴木特定研究員(右)、教育学研究科の澁川さん(左)。
背景にあるのは、馬場先生が還暦を迎えた際に教え子からもらったユニフォーム。名前とともに年齢が記されている。

【編集後記】
これまで20年以上にわたって「全人教育」とも呼べる教育を目指してこられた馬場先生。インタビュー中に「余談」と断った上で、最近、通勤途中にある男性に呼び止められた際の話をされました。

その若い男性は、馬場先生に対して「『文系向けの基礎化学』の先生ですよね。学部生時代に先生の授業を受けて、将来の進むべき道が開けました。今は近くの国立大学で経済学部の助教をしています」と声をかけてくれたそうです。

「そのとき、リベラル・アーツの力を改めて実感しましたね」と語られる馬場先生の顔には、四半世紀にわたって大学教育に向き合ってこられた先生の、教育者としての自負が滲み出ているように感じました。

(聞き手:田口真奈・澁川幸加/記事構成:鈴木健雄/写真撮影:河野亘/
インタビュー実施日:2017年9月20日/本記事公開日:2017年11月22日)