Topics教員インタビュー

TwitterとPandAによって変容するコミュニケーションの質・関係性

京都大学 大学院人間・環境学研究科 吉田純先生(メディア社会学)

授業中、学生がTwitterでつぶやく。通常なら、参加意欲が低いとして非難される行為である。けれど、もし、つぶやくことが授業参加の一つとして奨励されるとしたら。しかも、つぶやいた感想や質問の一つ一つが平常点として認められ、場合によっては、授業で取り上げられ、その場で先生からコメントをもらえるとしたら。
ある社会学の授業でそんな講義がおこなわれていると聞き、その先生に直接お話を伺った。
そこで伺ったのは、かつて自身「パソコン通信」に魅せられて、以来社会とICTの関係性を研究してきた先生の、「コンヴィヴィアリティ」(conviviality)実現に向けた長年の取り組みだった。

プロフィール
京都大学 人間・環境学研究科 共生人間学専攻 人間社会論講座 教授、博士(文学)
京都大学文学部助手、同総合人間学部助教授、同高等教育研究開発推進センター教授を経て、2014年4月より現職。
『インターネット空間の社会学-情報ネットワーク社会と公共圏』(世界思想社、2000年)、『モダニティの変容と公共圏』(京都大学学術出版、2014年:共著)など、著書・翻訳多数。
1996年には、出身研究室である文学部社会学研究室のサーバーを独自で構築。2001年には総合人間学部のHP管理委員を担当。約20年前よりご自身のHPを作られ、積極的な情報発信を続けられている(先生のHPはこちらから)。

つぶやいて参加する社会学講義

まず、先生がどのようにICTを授業に取り入れられているのか、伺っても宜しいですか。

Twitterを使って講義中、リアルタイムで意見や感想をツイートしてもらっています。それと同時に、PandA*にもサイトを作り、そこで「公開アサイメント」という復習課題と、「リアクション・コメント」を書いてもらっています。Twitterに関しては、なるべく専用アカウントを作ってもらい、ハッシュタグを指定することで、受講生間でコメントを共有できるようにしています。お渡しした資料の2枚目が最近のTwitter上でのやり取りのスクリーンショットになりますね。
*PandA:京都大学情報環境機構が提供する学習支援システム(LMS/CMS)のこと。詳しくはこちらをご覧下さい。

こちらの資料を拝見すると、学生からの感想が積極的に書き込まれていますね。

そうですね。初めは興味を持って参加する学生はそう多くなかったのですが、一昨年あたりから比較的増えてきました。

Twitterを使う講義では、どういったテーマを扱っているのですか。

「社会学I」と「社会情報論」という二つの講義で利用しています。全学共通科目の前者では社会学全般の幅広いテーマを、学部・大学院共通科目の後者ではかなり専門的な内容を扱っています。

授業内容によってTwitter上の「つぶやき」も、質問中心となったり感想中心となったりといった変化もあるのですか。

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実際の授業で学生から寄せられツイートの様子。
ツイートは授業中に限るとされる中で、積極的な投稿がなされていることがわかる(画像は吉田先生提供。伏字処理等は編集部)。

感想の方が圧倒的に多いですね。質問の場合でも、比較的素朴な質問が多い傾向があります。例えば、今年度の講義の最終回でグローバル化の話をした時には、「国家は必要なのですか」という質問がありました。この質問は素朴なものですが、確かにいざグローバル化の話をするとなると、本質的な問いともいえます。
こういった質問に対しては、授業中に取り上げ、「国家の役割は色々とあるが、グローバル化との関係でいうと経済の規制をし富の再分配をおこなうのが、国家の一番基本的な役割で、その役割とグローバル化との矛盾が、今日の排外主義的な現象やポピュリズムへと繋がっている」といったコメントをするわけです。

そういった質問や感想を、学生は授業中と授業後どちらの時間につぶやくのですか。

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オリエンテーションの際に学生に配布する資料の抜粋。
TwitterやPandAを積極的に利用していることが分かる(資料提供:吉田先生。資料の名称等は編集部で追記した)。

コメントをするためにもツイートは、原則授業中につぶやいてもらっています。ただ、授業が終わった後でも、思いついたらつぶやいてもらって良いと伝え、ツイートの数に応じて平常点としています(授業の概要については左画像参照)。

その際、平常点の計算はどのようにやっていらっしゃるのですか。

すごく機械的で、1ツイートに1点、但し時間を切って、原則リアルタイムのツイートのみという風にしています。PandAの場合は、公開アサイメントが1回あたり3点、リアクション・コメントは1回あたり2点で計算しています。これら平常点は最大で40点となっており、フルに参加してもらうとすぐに40点までいってしまうので、学生には、自分の好きなタイミングで参加するよう伝えています。それでもどんどんコメントする学生はコメントしますが。

そうなると、学生も、必ずしも点数目的で参加している訳ではないのですね。

そうですね。昨年度の感想には、「真剣に意見を投げかける学生がいる一方で、学生によっては平常点目的で貧相な発言を続けるような学生がある」といった意見もあり、参加すること自体が学生の意識に影響を与えているようです。こういった感想に学生の意識が反映されているのは面白いと感じています。

試行錯誤の結果、辿り着いたTwitter/PandAの併用

学生の課題意識が見えてくるのは面白いですね。先生はいつ頃から授業でTwitterを使い始めるようになったのでしょうか。

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WordPressを使って構築された「社会学授業サイト2012-2014」のスクリーンショット画像。当時から多くの学生のコメントがあったことが分かる(資料提供:吉田先生。資料の名称等は編集部で追記した)。

Twitterを初めて導入したのが2013年なので3年前からですね。
それまでにも色々と試行錯誤をしており、その前はWordPressというCMS*を利用して、専用サイトを設置していました(左画像参照)。
先ほどお渡しした資料にある「社会学授業サイト2012-2014」がそれです。各回の講義毎にエントリーを作り、反応をもらっていたのですが、専用サイトということで、利用を必須とはせず、やりたい学生だけ参加するようにしてもらっていました。ただ、学生にとってはもう少し敷居の低いシステムを利用した方が、積極的に参加できるのではと考え、Twitterを使い始めることにしました。
*CMS:コンテンツ・マネジメント・サービス(Contents Management Service)の略。ウェブコンテンツを構成するテキストや画像、レイアウト情報などを統合的・体系的に管理するシステムの総称のこと。オープン・ソースウェアとして公開されているWordPressは、複数あるCMSの中でも有力なものの一つである。

現在授業でTwitterと並行して利用されているPandAはいつ頃から使い始めたのですか。

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2006年度後記に実施された「経験社会学Ⅰ」で使用された独自サイトのスクリーンショット。
時代に合わせて利用するICTが変化してきたことが見て取れる(資料提供:吉田先生。資料の名称等は編集部で追記した)。

2014年からなので2年前からですね。
PandAの方は、Twitterを用いてやるようなリアルタイムのものではなくて、次の週までの課題として小レポートを書いてもらうというものです。同様の試みは10年以上前から始めており、当時PandAはなかったため、自分のサーバーにやはり独自のサイトを作って、先に触れた「公開アサイメント」を提出してもらっていました。資料として残っている一番古いものが2006年の公開アサイメントで、これは「経験社会学I」という教養の講義に使ったものです(左下図参照)。サイトを作る際はPukiWikiというものを使っていました。それまでは2ch方式の掲示板を使って同様のことをやっていたのですが、今はもう消えてしまい残っていません。

時代、時代の汎用的なメディアを利用しながら、現在の形に移行していったということですね。学生の感想や意見を取り上げるという点では、従来的なリフレクション・シートという方法もありますが、それとはやはり役割が違うのでしょうか。

発想としては同じですが、大きく違うのは、学生同士で他の学生が何を書いているかが読める点ですね。これは、私自身、質問や感想の中身を「公開」することが重要だと考えているからなのですが、学期末の感想などを読むと、他の学生がどのようなことを考えているのかがわかったことが、大変刺激になったという感想も多く、当初の目的は果たせているのではないかと思っています。
もう一つの違いとしては、これは教員側の都合としてですが、やはりデジタル・データで残った方が、平常点への反映も簡単にできることにあります。紙のシートですと全て手作業でやる必要がありますから。

講義で扱う内容を薄めずに、双方向的コミュニケーションをどう生み出すか

これまで技術面での変化について伺ってきました。教育的側面について伺いたいのですが、こういったICTを授業の中に導入することで、「学びの質」のようなものが変わってきたということは感じてらっしゃいますか。

それは「学び」をどう定義するかにもよりますが、「アウトプット」だけを取り上げてみると、あまり変わっていないという印象を受けています。ただ、「アウトプット」だけでなく、授業中リアルタイムの学生の授業への参加意識のようなもの、これらを全部含めて学びと考えると、実感としては活性化していると思います。

特にTwitterの場合、リアルタイムで先生に質問してその質問に答えてもらえるとなると、授業態度のようなものも変わってくるのかもしれませんね。

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インタビュー中、授業で出たコメントの内容を確認する吉田先生。このiPad を授業にも持ち込んで、学生からの質問やコメントに対応するという。

そうですね。参加意識は自ずと上がっているでしょうね。これはTwitterに限らず、授業後に書き込んでもらう公開アサイメントでもいえることです。公開アサイメントを始めた頃から、面白かった反応のうち数点を、その次の講義で紹介してコメントするということをしているのですが、紹介された学生は「緊張したけど励みになった」というような感想を残しており、リアルタイムでなくても、そのような参加意識を引き出すことができる場合もあります。

学生にとっては、しっかりと書いた感想が授業で取り上げられフィードバックをもらえるというのは、参加しようという意識に繋がりますね。先生は、学生がともに参加するということ意識して授業設計をされているのですね。

そうですね。学生の参加を促すうえで、グループ・ディスカッションを取り入れたりされる先生はよくいらっしゃると聞きます。それはそれで効果があると思うのですが、それをすると、どうしてもディスカッションのところで時間を取られてしまい、講義に割く時間が減ってしまうというのが、ネックだと感じています。
講義で扱う量は削減しないでかつ、なるべく学生の参加意識を引き出すことで、双方向に近いコミュニケーションを可能とするにはどうしたら良いかということをずっと考えてきたのですが、その解の一つが現在の方式となっています。

「参加すること、それ自体が面白い」という感覚から始まった今の研究と教育実践

講義で扱う内容を希釈することなく、学生のアクティブな参加を促すというのは、興味深いご指摘だと感じます。
先ほどからコミュニケーションの可視性や双方向性というキーワードが出てきました。現在授業で実践されている試みは、先生のご研究とも関係しているのでしょうか。

実は、現在の研究のきっかけというのも趣味から始まったものなのです。
インターネットがまだ普及する前の90年前後からパソコン通信*をやっていて、それも1ユーザーとしてではなく、自分が管理者となってネットワークを開設して、コミュニケーションの場を作るということをやっていました。これがとても刺激的な経験で、それが研究にも繋がり、現在のようにネット社会のコミュニケーションやコミュニティの問題を研究対象とするようになったのです。そこで何が刺激的だったかというと、ICTやコンピューター・ネットワークというのが単なる道具ではなく、それ自体がコミュニティであって、そこに参加していること自体が面白いという感覚でした。そういった感覚が今の研究を始めるうえで、一番本質的な経験だったと思います。
この点に関していいますと、アメリカでインターネットが出始めた頃にハッカーと呼ばれていた開発者の人たちもまた同様に、道具として活用するだけではなく、技術を使って場を作ること自体を面白がる傾向があったそうです。そこには理論的なバックグラウンドもあって、イヴァン・イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』という本で紹介されています。「コンヴィヴィアリティ」という言葉は、自立共生的とも訳されることもありますが、そういう風にいうとちょっと硬すぎるので、分かりやすくしますと、仲間内で集まって何か面白いことを見つけて、共同で面白さを追求する、そのこと自体を楽しむ、というニュアンスのものです。イリイチは技術論的な概念としてこの言葉を使っているのですが、もしかしたら学問論や教育論にも応用できる概念かもしれないですね。
*パソコン通信:インターネットが普及する以前におこなわれていた会員制の掲示板やメールなどのサービス形態。

そういった観点からみて、授業の中でのコミュニティを先生はどう捉えていらっしゃるのですか。

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現在のご研究や授業実践へと至った最初の経験として、パソコン通信時代に管理者としてコミュニティの運営に関わった経験を挙げられる吉田先生。
「道具ではなくコミュニティとしてのICTに魅せられた」とのこと。
その遍歴は、吉田先生のHPにも紹介されている。

授業の場合、教員と学生という一種の権力関係があるので、なるべく学生が権力関係に縛られないようにすることが必要だと考えています。ある程度匿名的なTwitterというシステムの場合、完全ではないが、学生同士は少なくとも匿名なので、他の学生の目を気にせずに発言できるというのは大きなメリットといえます。それが権力関係に縛られないようにするための一つの有効な方法・手段になっていると思いますね。

教員と学生間でのコミュニケーションの質や関係性が変化するということですね。質問という形では出てきづらかった学生の反応が、Twitter等のメディアを介することで出やすくなってくる、ということでしょうか

そうですね、すごく出やすくなってきます。講義でもそんなに人数が多くなければ、前の方に座っている学生を当てて発言してもらう、というのもできるのですが、全学共通科目のように大人数となると、そういったことがだんだん難しくなってきますので。
学部・大学院共通科目の「社会情報論」の場合でも、総合人間学部、人間・環境学研究科、文学部、文学研究科、エネルギー科学研究科と多様な学部・研究科の共通科目のため、文理問わず色んなバックグラウンドの学生が参加しています。そのため、お互いに顔も知らないことの方が多く、かなり匿名的な場なのですね。そういった背景もあって、例えばTwitterのような匿名性をもって発言できるものを使った方が、学生にとっても発言しやすいというのはありますね。

なるほど。
最初に頂いた資料に「ネット利用(PandA/Twitter)の目的」として、「具体例の収集-学生・若い世代の視点を生かす」とありますが、これまでに印象的だったものはありますか。

色々とあるのですが、ジェンダーに関して講義した際に「パタニティ・ハラスメント」に関する事例を学生がツイートしたことがあります。「パタニティ・ハラスメント」とは、男性が産休や育休を取ると、上司・同僚から嫌がらせを受けるという問題です。実態としてこういうことが起こるということは、もちろん既知の事柄でしたが、言葉自体は知らなかったため、そういった呼称があるのだと、自分自身にとっても発見でした。学生の反応を見続けていると、こういった学生の関心はこの10年間で随分変わってきている印象を受けますね。他の事例では、セクシュアル・マイノリティーに対する見方の変化も大きいように思います。
こういう、こちらが思いつかないような具体例を授業で取り上げることができるので、学生にとっても社会学という学問がもっと身近なものになるのではと考えています。

メディアの多様化と価値観の多様化が連動して生じている、ということを考えると、先生の授業そのものもリアルタイムに社会学的問題を体験できる場ともいえますね。

そうですね。

学生はもちろん、教員にとってもハードルを低くする手当が必要では

今後京都大学でもICTを授業の中で活かしていこうという動きがどんどん加速してくると思いますが、その際、どういった可能性があるとお考えですか

色々とありえるため、一概にはいえないでしょうね。ただ、技術的な面に関して、学生に対してはもちろんですが、使う先生にとってもハードルが低くなるような、そういう手当が要ると思います。例えば私の場合、Twitterを平常点に反映させていますが、大勢の学生のツイートをまとめて計算するのは、手動でやると大変な手間となってしまいます。そこで、Perlというプログラミング言語を使って集計しています。そういった部分をサポートできるような仕組みが必要となってくるでしょう。あとは、システムのカスタマイズの可能性や柔軟性が、ある程度あると助かりますね。

これから授業でICTを使い始めることを検討されている先生や、ICTに詳しくない先生が実際に導入するときも、そちらの方がありがたいですよね。 他に留意する点は何かありますか。

使い慣れないシステムの場合、いきなり使い始めるのではなくて、半期程度は試行期間を設けた方が良いと思います。色々とやってみると思わぬトラブルがあったりするので。例えばTwitterの場合、アカウントを登録してもらわないと平常点に反映できないのですが、登録の際にアカウントのつづりが間違っていたり、見えないスペースが入っていたりして、プログラムで検索できず、点数が出なかったことがありました。そういった技術的な問題をなるべく、上手くクリアできるよう、試験的に一度導入してみることは必要となるでしょうね。
あるいは平常点の加算をせず、感想の把握のためだけに利用するならかなりハードルは低くなると思います。その場合コツとしては、ハッシュタグをつけておくことです。そうすると、教員・学生同士で簡単に共有できます。

アカウントの管理はどうされているのですか。

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「ICTを実際に授業で利用するには、やはりコツがいる」と述べる吉田先生。これから授業でICTを使い始める先生のためにも、全学的なサポートが必要とした上で、具体的方策を挙げられた。

その辺りは試行錯誤をしていて、以前は専用サイトを作って登録してもらっていたのですが、そうするとアカウント名や学籍番号を間違えたりといったミスが多くなります。そこで今年度から、PandAのテスト機能を使って、Twitterアカウントだけ登録してもらっています。PandAだと学生の学籍番号は既に登録されているため、そこでエラーが出ることはありませんので。Twitterのログを残すやり方についても試行錯誤してきたのですが、今は学期の初め、三回目の授業ごろまでに、学生と相互フォローをするようにしています。そうすると自分のタイムラインに残ります。

授業で使うにしても、慣れが必要ということですね。

そうですね。授業での使い方に、色々とコツがいるのは確かだと思います。例えばTwitterの場合、どのタイミングでコメントするかというのは一つの重要な点だと思います。変なところでコメントを入れると授業の流れが悪くなりますから、ケース・バイ・ケースで判断しないといけません。私の場合、スライド投影用のパソコンとは別にタブレットを持ち込み、随時Twitterのタイムラインを確認し、講義の流れがひと段落したところで、コメントするようにしています。たまに授業中追いきれなかったものは、後から見てリプライをすることもあります。

お話を伺っていると、一概にICTを活用といっても、管理等の技術的な面で個々の先生のリテラシーに依ってくる要素も大きそうですね。

そうですね。そのためにも、そこの部分をサポートできるような仕組みを大学側で構築してくれたら良いなと思います。例えば、KULASISとPandAの連携についてですが、現状ですと、KULASISは部局毎、PandAは授業毎に名簿が作成されています。例えば「社会情報論」のような複数部局共通の授業の場合、共通の名簿で成績評価の点数をつけられるようなシステムがあれば便利ですよね。ぜひ大学にはお願いしたいです。あと、PandAのフォーラム機能についてですが、現状では誰が発言したのかが常にわかる設定となっています。授業を担当される先生や授業内容によっては、匿名の方がいい場合も出てくると思いますので、PandAのフォーラム中でそういうカスタマイズができれば、より良いのではと思っています。

実際にお使いになった上でのご意見、大変参考になりました。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

インターネット・PC技術の草創期より、独自サイトの構築等に携わってこられて吉田先生にとって、現在のICTを活用した教育実践でも、自身が深い印象を受けた「参加して楽しいコミュニティ」を作ることが、何より重要とのことだった。

この点に関連した話として大変興味深かったのが、授業中のTwitter上でのやり取りを通じて、学生間で「社会学仲間」ができたというものである。先生によると、その二人はお互い顔も知らなければ名前も知らず、Twitter上でのみ意見交換や情報交換をしているとのことである。しかし、それが社会学を学ぶ上でのモチベーションに通じている、とのことだった。
学生たちにとって、「参加して楽しいコミュニティ」が生まれる。ICTを活用した教育実践の可能性を感じる機会だった。

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(聞き手:奥本素子/記事構成:鈴木健雄)