Topics教員インタビュー

KoALAで実現した反転授業と高大接続:クリティカルシンキングで培う「考える力」

京都大学 経営管理大学院 若林靖永先生(マーケティング論)

今回インタビューした経営管理大学院の若林靖永先生は、2018年度からKoALA*で「考える方法を学ぶ クリティカルシンキング入門1〜4」という講義を配信しています。若林先生は、マーケティング研究に従事されるかたわら、ICTを活用した教育にも早くから注目されてきました。今回は、KoALAが完成するまでの経緯や、KoALAを用いて実施された高大接続、反転授業といった教育実践について、お話を伺いました。
(本インタビューは、Zoomを用いてオンラインで実施しました。)

* KoALA (Kyoto University Online for Augmented Learning Activities):京都大学が提供するオンライン講義・教材・学習環境。詳しくは、こちらをご覧ください。

プロフィール
京都大学経営管理大学院教授。博士(経済学)。京都産業大学経営学部専任講師、京都大学経済学研究科助教授を経て、2003年より現職。2015年から京都大学生活協同組合理事長、2018年からは京都大学経営管理大学院経営研究センター長を兼任。主な専門はマーケティング論。「教育のためのTOC(TOC : Theory of Constraints)日本支部」理事長とともに、「CIEC(コンピュータ利用教育学会)」会長も務められている。

KoALAを作成して再認識した「編集者」の重要性

まずは「考える方法を学ぶ クリティカルシンキング入門」作成の経緯を教えてください。

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インタビューの様子。

2018年の夏に公開された、KNOT*に関する教職員向けのお知らせメールを受け取ったことがきっかけでした。そこに書かれていた、京大の教育コンテンツを高校生向けに発信するというコンセプトに関心をもちました。そこで、配信元の高等教育研究開発推進センターにメールを送ってみたところ、同センターの先生から本学の新しい取り組みとしてKoALAをご紹介いただき、高校生向けに講義を作成することになりました。

* KNOT(Kyoto University Nexus for Open education Treasure):京都大学が2018年7月1日に公開した高大接続を推進するためのポータルサイト。詳しくは、こちらをご覧ください。

講義のテーマとして、なぜクリティカルシンキングを選ばれたのですか。

話は少し遡るのですが、以前より学生指導や講義をするなかで、クリティカルシンキングの重要性を実感していました。そのようななか、クリティカルシンキングを推進するツールとして「教育のためのTOC*」と出会いました。そこで、これは学生に教える価値があるだろうと、大学の講義でも取り入れるようになりました。実際にやってみると、学生の多くはこれまでにクリティカルシンキングを自覚的にすすめる方法を学んでいなかったようで、効果があることを実感していました。

クリティカルシンキングは、経済やマーケティングに限らない、一般的なスキルです。このことは、大学生に限らず高校生でも一緒で、早い段階から学んでおくことに越したことはありません。これらが、クリティカルシンキングを講義のテーマとした理由です。

* 教育のためのTOC(TOC : Theory of Constraint):「教育のためのTOC」は、ものごとのつながりを考える「ブランチ」、意見の対立について考える「クラウド」、目標を達成する方法を考える「アンビシャス・ターゲット・ツリー」の3つから構成される、考えるためのツールです。TOCは、世界20ヵ国以上の教育現場で活用されています。詳しくは、こちら(「教育のためのTOC日本支部」HP掲載の説明)をご覧ください。

KoALAで講義を作成するにあたって、どこが特に大変でしたか。

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実際の動画配信で授業をされている様子。
若林先生がKoALAの講義で使用されたスライドの一部は、こちらからダウンロードできます。

特に大変だったのは、完成度の高いスライドを作成するという点でした。KoALAの講義で使用するということは、スライドがオンライン上で広く公開されることになります。スライド全体の構成や流れだけでなく、一枚一枚のスライドの図や言葉使いまでも含めて、どうすればよいのかあらためてじっくり考えましたね。

スタジオという慣れない環境での授業収録でしたが、いかがでしたでしょうか。

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講義で用いたプロンプターの様子。

スライドを念入りに作り込んだおかげか、当日のスタジオで話すことはそれほど大変とは感じませんでした。今回私は、講義で話す内容のシナリオ原稿を作りませんでした。完成度の高いスライドを作成すれば、しっかりと話すことができると思ったからです。スタジオの前にはプロンプター(演説や放送などで使われる原稿表示装置)があり、スライドが映し出されるので、安心して前を向いて話すことができました。

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撮影中の若林先生の様子。終始落ち着いた様子で撮影を進められていた。

また、KoALAのスタジオ撮影では、制作を担当されている高等教育研究開発推進センターの先生やスタッフの方々がその場にいて、講義を聞いてくれていただけでなく、撮影の合間や終了後に都度フィードバックがもらえて、とても助かりました。そういうやりとりのおかげで、スタジオという学生がいない状況でも、楽しく収録することができました。

KoALAのテスト問題の作成はいかがでしたか。

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インタビュアーの田口真奈 高等教育研究開発推進センター 准教授

私の講義では、いつもレポート形式のテスト問題を学生に出しています。KoALAで作った問題は、システム上で自動採点してもらうために、選択式や並び替えなどの正解が一つに決まっている形式にしました。このような形式の問題を作ったことはあまりなかったので、明確な正解のある問題になるよう工夫や調整が必要でした。

作成段階で特に印象に残っていることは何ですか。

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KoALAの作成中にフィードバックをもらえたことが嬉しかったとされる若林先生。

一番嬉しかったことは、制作を担当された前述のセンターの先生方に、丁寧にスライドをみていただき、その上で、修正すべき箇所などについてフィードバックをもらえたことです。また、問題作成の際にも、有意義なコメント、アドバイスをいただきました。

一般的に、専門家の作ったスライドに対してコメントを加えるというのは、難しいですよね。けれど、同センターの方々が受講者を代表して、また、高等教育の分野のプロとして、コメントをしてくれたことは、大変参考になりました。

こちらの意見も尊重しつつ、より分かりやすく、より明確に意図が伝わるようなスライドの作成方法を伴走しながら考えてくれたセンターの先生方は、いわば今回の講義を作成する上での「編集者」としての役割を果たしてくれたと感じています。

「編集者」というたとえはおもしろいですね。必要に応じて教育の専門家からのアドバイスを受けられるというのは、KoALAの特徴といえます。

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KoALA作成時に、高等教育研究開発推進センターの教員・スタッフを交えて打ち合わせをした際の様子。

そうですね。最近でしたらYouTubeが普及し、制作者が第三者の目を介さずに、動画を公開するというプロセスが当たり前のものとなってきました。これはとてもすばらしい技術的な進歩といえるのですが、その一方で、制作過程から編集者の介入というステップがなくなってしまってよいのかと、思うこともあります。

これまで、表現者が編集者によって育てられるという側面もありました。KoALAで講義を作成してみて、プロフェッショナルな仕事における編集者による吟味の重要性を再認識したところがあります。

インタビュー中でお話されていたKoALAの作成過程の詳細は、以下のページでも紹介されています。ぜひご覧ください。

KoALAを用いた高大接続のワークショップ・特別講座

2019年4月に開催された、KoALAを活用した高校生向けワークショップ(「コアラーナーワークショップ*」)では、どのような活動をされたのですか。

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同ワークショップでは、KoALAの講義を事前に見てきてもらい、そこで学んだブランチ(因果関係のロジックでの図解)を実際に用いながら、課題について考えてもらうというグループワークをおこないました。

どの高校生も、京都大学の授業を実際に体験できたことに、とても満足してくれたようでした。ワークショップ後のインタビューで、ある高校生は、「自分では思いつかないような意見にディスカッションで触れることができ、とても勉強になった」と答えていました。ワークショップを通して、学生たちは大学における学びのおもしろさを実感してくれたようで、とても有意義な機会でした。
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「コアラーナーワークショップ」の様子。グループワークの間、若林先生は各グループを回り、熱心にアドバイスをされていた。

一つ反省点を挙げるなら、私も高校生も、最初の方は少し緊張して固くなっていたように思います。今後はより効果的なアイスブレイクを取り入れていく必要があると考えています。

* 高校生限定コアラーナーワークショップ:2019年4月14日(日)に京都大学にて開催された高校生向けのKoALAをもとにしたワークショップ。

高校生のための体験型学習講座 ELCAS*では、KoALAをどのように活用されましたか。

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2019年度に実施されたELCASでのグループワークの様子(写真は若林先生ご提供)。

先述の「コアラーナーワークショップ」の経験があったので、ELCASでは、高校生向けの講義に対する大まかなイメージをもって講義にのぞむことができました。事前課題としてKoALAにあらかじめ登録・受講してもらい、当日は、KoALAで学んだことをベースにグループワークやディスカッションをしてもらうという「反転授業」の形式を取りました。

2020年度はコロナのためオンライン開催となったので、グループワークの際は、MURALというオンラインホワイトボードを活用して高校生自身が議論の中心になってもらうようにしました。高校生たちは、主体的な活動を通して、互いの良さを学び合うことができたようです。こちらもとても有意義な機会でした。

* ELCAS(Experienced-based Learning Course for Advanced Science):京都大学で高大接続を推進する試みとして行われている高校生向けの知的人材育成プログラム。

反転授業におけるKoALAの活用

先生は、新入生向けの授業でも反転授業の教材としてKoALAを使われているそうですね。KoALAを使われるようになって、学生に何か変化はありましたか。

ILASセミナー「『考えるツール』を学ぼう」のことですね。この授業はKoALAを作成する前から担当しているのですが、事前学習教材としてKoALAを導入したおかげで、学生が以前よりもしっかりと予習できるようになりました。その結果、授業の雰囲気がガラリと変わりました。

事前学習によって学生があらかじめ基礎知識や問題意識をもってくれていると、授業が始まる前から学ぶ内容のイメージを共有できます。そのため、グループワークやディスカッションをする際にも、すっとワークに移ってくれます。

グループワークで学生同士が交流することで、互いの理解を深めることは、授業だからこそできることです。説明の時間が長くなってしまうと、グループワークの時間を十分に取ることができません。その点、反転授業を導入したことで、授業の流れがとてもスムーズになり、その結果として議論の内容も深まったように感じています。

反転授業によって可能となった授業中のフィードバック

反転授業を始められたのは、KoALAを作成したことがきっかけだったのですか。

実は、私が担当している経営管理大学院の「マーケティング」の講義は、2006年から反転授業に近い形でずっと実施しています。KoALAのような動画教材ではありませんが、事前学習として学生に教科書を自分で勉強してもらい、毎回、演習課題についてレポートを作成してもらっています。当日の授業では、学生のレポート発表に対する私の質問やコメントを中心に進めていきます。

大学院だから一人で教科書を読んで課題に取り組むことができるわけですね。経済学部でも同様の講義をなされているのですか。

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事前学習だけでいきなり議論に入ることは、学部生にはハードルが高いと思います。そこで、今年から担当している経済学部の「マーケティング1」という2回生向けの講義では、教科書を説明した20分程度の事前講義動画を、あらかじめ学生に見てきてもらうという反転授業を行っています。

当日の授業では、短い導入ののち、すぐに学生に問い、課題を示してミニレポートを作成してもらい、そのままグループディスカッションに入ってもらいます。ミニレポートは授業中に回収して、授業の最後に私がいくつか選んでコメントをします。反転授業で説明部分を授業時間外に出したおかげで、アウトプットからフィードバックまでを授業時間内で完結できるようになりました。

レポートの回収からフィードバックまでを授業中になされるのですね。

はい。グループワークにおいて重要なことは、教員が、グループワーク後の学生の発表を聞いて、適切なフィードバックを返してあげることです。多くの学生は、授業で教員から直接指導を受ける機会をなかなかもてません。グループワークがやりっ放しにならないように、フィードバックまで含めて授業構成を考えておく必要があるかと思います。

なお、フィードバックの方法として、授業後に学生のレポートに対して個別にコメントを返すという方法もあるかもしれません。しかし、150〜200人いる受講生に対してそれをすることは困難です。

そこで私は、反転授業で説明部分を前に出すことで、授業中にレポートを回収し、その場でいくつかを選んでフィードバックをするという方法をとることにしました。教員にとって適切な教育負担という観点も、授業を設計する際の重要な要素だと思います。

教育に対して責任を感じる以上、ベストを尽くして

若林先生はCIEC(コンピューター利用教育学会)の会長も務められていますね。ICT活用教育とは以前から関わりがあったのですか。

教育工学やICT活用教育の専門家ではありませんが、一個人・一教育者として、PCやインターネットといった新しいデジタルテクノロジーを活用した教育・学習には以前から関心をもっていました。そのようななかで知り合いの研究者が、コンピューターを利用した教育の革新を推進するために、CIECという新しい学会を作るということで、その立ち上げに協力させてもらいました。CIECとは創立以来の付き合いです。

本当に幅広い教育実践を行われていますね。なぜそこまで教育に熱心なのですか。

自分が教育に熱心かといわれると、少しためらいがあります。私自身は、他の教員と同様、講義をすることに興味があって大学教員になったわけではありません。大学教員になったら自ずと教育がくっついてきただけですから。

しかし、教育に対する責任感はあります。学生を目の前にすると、自分のベストを尽くさなければならないと自然に感じますね。

教育は砂漠に水をやっているようなところがあって、頑張ったからといって、目に見える形で報われるかはわかりません。ただ、そう感じるときがあったとしても、学生のために、より良い授業のあり方を絶えず模索するモチベーションが湧いてくるのは、教育に対する責任感を感じているからだと思います。

最後に、本日お話を伺ったKoALAのことで、今後の希望や目標はありますか。

たくさんの方々に私のKoALAの講義動画を見ていただけて、私も嬉しく思っています。特にこのKoALAを作って良かったと思う点は、多くの受講者が、授業で学んだクリティカルシンキングのツールを、実際の生活や思考、学習において使ってみたいと答えてくれたことでした。この講義で身につけた「ちゃんと考える」力を、充実した人生を送るために、これからも活かしていってほしいですね。

また、広く知を発信して多くの人に学びを伝えるのが、KoALAの良さですから、より多くの人に届くよう、これからは質だけでなく量、つまりもっと多くの人々に学んでもらうことにもこだわっていけたらと思います。
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充実した人生を送るためにも、「ちゃんと考える」力を育み、活かしていってほしいと語る若林先生。

本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

(聞き手:田口真奈/記事構成:長岡徹郎/写真撮影:鈴木健雄/
インタビュー実施日:2021年5月12日/本記事公開日:2021年6月25日)