Topics教員インタビュー

多様性を認め、確かな日本語力を育成するために:
PandA/遠隔授業/さみどり

京都大学 国際高等教育院附属日本語・日本文化教育センター    ルチラ・パリハワダナ先生(言語学)

2016年4月に国際高等教育院に設置された「附属日本語・日本文化教育センター」では、外国人留学生に対する日本語及び日本文化教育並びに、国際高等教育院が実施する科目を受講する留学生の受け入れ及び本学学生の海外留学支援をおこなっています。

日本語教育を実施する上で重要となるのが、学期の開始時に行うプレイスメント(クラス分け)テストです。この度、同センターのパリハワダナ先生に、PandAを使った日本語科目のプレイスメントテスト並びに、同センターが利用しているその他の教育用ICTについて、話を伺いました。

プロフィール
国際高等教育院附属日本語・日本文化教育センター教授、博士(学術、東京外国語大学)
金沢大学准教授、京都大学国際交流センター教授を経て、2016年より現職。

PandAが可能にした、来日前の適切なプレイスメント

PandAを用いてプレイスメントテストを実施するようになった経緯を教えてください。

PandAを使う以前は、紙媒体でテストを行なっていました。留学生の来日を待ってから実施していたので、実施と採点、クラス分けをいくら急いでも、場合によっては第2週の終わり頃までクラスが決まっていないということが生じており、問題だと考えていました。

このような状態を改善し、初回の授業から自分に合ったレベルの授業を受講できる環境を整備したいと思い、2017年度後期から使い始めるようになったのがPandAです。PandAを使うことによって来日前に、留学予定者の日本語力を測り、早期にクラス分けできるようになりました。

導入にあたっては、1年間在籍しているKUINEPプログラム*の学生を対象にパイロット調査を行いました。大きな問題もなかったため、全受講者を対象に導入しました。

* KUINEPプログラム:協定校の学部生が、国際高等教育院が英語で提供する全学共通科目を中心に履修するプログラムです。
 正式名称は「京都大学国際教育プログラム(Kyoto University International Education Program)」。詳しくはこちら

最初からPandAを使おうと考えていたのですか。

当初は、外部業者のサービスを利用することも検討しました。ただそうすると費用も膨大にかかりますし、テストやその他の仕様を簡単に変更できないため、長期的には不適切だろうと、その案は見送りました。

PandAを使うことに決めてからこれまでの間、情報環境機構の方々から大きなサポートを受けてきました。サポートの手厚さについては、他大学の教員にも羨ましがられるほどで、感謝しています。
学内のシステムなので、個人情報や機密情報の漏えいを心配せずに、使えることもポイントですね。

PandA内でどうやって問題を作っているのですか。

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PandAの「テスト・クイズツール」の使い方と機能一覧
(クリックで京都大学情報環境機構発行の「PandA公式ガイドブック最新版」に遷移します)

プレイスメントテストには、語彙や文法、読解、作文・表現、表記及び聴解に関する項目が含まれていますが、それぞれPandAの「テスト・クイズツール」という機能を使って構築しています。

まず教員がWord等でテストを作り、その上で、大学院生のアルバイトにも手伝ってもらいながらPandAに移植するという流れで作っています。

現在のところ一部の問題を除いて、毎年度・毎学期、新しい問題を作っています。ゆくゆくは問題のプールを作り、そこから出題するということも考えています。

選択式だけでなく、短文式の問題やクロスワードパズルなんかもあるのですね。

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実際に出題されたクロスワードパズルの例
(ぼかし処理をしています)

そうですね。実際にキーボードを使って書いてもらう試験も出題しています。こちらの問題は、7文字以内で書かせるもの。こちらについては60文字までです。このように問題ごとに異なる文字数制限を設けることもできます。

こちらがクロスワードパズルです。キーボードを使ってインプットしますので、表記問題の場合、直接漢字を入力する単純な問題はテスト問題として適切ではありません。そのため、漢字の正しい音・訓の読み方や熟語の形成の仕方を同時にテストできるクロスワードパズルを出題したりしながら、工夫を凝らしています。

オンラインで実施することでカンニングが増えたということはないのですか。

成績をみる限り、PandAの導入後に増えたということはないと思います。テスト自体も、前後の文脈を理解していなければ分からないような作りになっています。そもそもプレイスメントテストでカンニングしていい点数を取ったからといって、良いこともないですしね。

授業開始前に実施するとなると、PandAへの学生の登録はどうしているのですか。

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PandA上での利用者の登録方法
(クリックで京都大学情報環境機構発行の「PandA公式ガイドブック最新版」に遷移します)

プレイスメントテスト用の「プロジェクトサイト」を作り、そこに受験者のメールアドレスと名前を直接入力する形で登録しています。登録すると、学生のメールアドレスに連絡がいき、所定の期間内、サイトにアクセスできるようになります。

テストの流れや期間、PandAを利用することなどは事前にメールで連絡しています。その際、日英併記の手順書も合わせて送っています。

毎学期、何名くらいが受験するのですか。

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大学の身分別で分けられた履修登録の流れ
(写真は2019年度後期版・クリックして拡大)
プレイスメントテストの後も「登録相談期間」という形で相談ができるようになっていることがわかる。
最新情報はこちら(京都大学国際高等教育院内ページ)

半期で500名ほどですね。日本語科目を受講する学生のうち、前学期から在籍していてテストが免除された人や、初学者向けの「初級Ⅰ」を受ける人以外全員です。
これだけの人が受験するので、選択式の問題を自動で採点したり採点結果の一覧をエクセル形式でダウンロードしたりできるのは、とてもありがたいです。記述式の問題も、PandA上であり得る正答を設定しておくことで、かなりの程度、自動的に採点してもらえるので助かっています。

テストの実施から、採点、クラス分けという一連の流れですが、PandAを使い始める前は、学期が始まってから授業の合間を縫ってこれらの作業をやっていました。ただ、留学生は来日するタイミングがバラバラですし、学期開始直後は行事も多く、プレイスメントテストを実施しつつそれを採点して、同時に授業もするという形で正直集中しづらいと感じていました。それがPandA上で事前にテストを実施できるようになったことで、教員も楽になりました。

それだけの労力を割かれるということは、やはり適切なプレイスメントは重要なのですね。

はい。これは日本語に限らないかもしれませんが、自分のレベルに合った授業を受講してもらうことが重要です。さらに日本語科目の場合、120数カ国からきたスタートラインも背景もバラバラの留学生に向けて、授業を実施する必要があります。

例えば母国で1年以上かけて学ぶよりも、日本で半年学んだ方が早いというケースがあります。日本だと、日本語が24時間耳に入ってくる環境ですから。そういう場合、自己診断の力と実際の力とが一致しないこともあります。そこで自己申告に頼ると、結果的に本人が落胆する可能性もありますし授業運営という観点からいっても望ましくはありません。

やはり適正なレベルで学ぶ方が、基礎がしっかりできます。語彙も文法も体系的に習得していくものですから。本学では2017年度に日本語教育の新カリキュラムを導入しましたが、そこでも体系性が意識されています。

多様性が交わる場としての日本語教育と、それを支えるICT

こうやってみていると、本当に多様な授業を開講されていますね。

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附属日本語・日本文化教育センターが提供している全学共通の日本語科目一覧
(パリハワダナ先生提供・クリックで拡大)

そうですね。私たちの方では、大きく分けて、全学共通科目の日本語科目と単位の出ない課外の日本語学習支援講座を提供しています。

前者は、初級ⅠとⅡ、中級ⅠとⅡ、上級という5つのレベルに分かれており、最終的に大学での学術活動に必要な日本語のアカデミックな応用力を獲得することを目的としています。対象は、正規課程の留学生、交換留学生、「Kyoto iUP(Kyoto University International Undergraduate Program)*」の予備教育生、各学部・研究科等の研究生と多岐にわたります。

それに対して、後者は主に、研究で忙しく日本語学習に割ける時間が限られている学習者に向けて開講しています。具体的には、前者の対象者に加えて、研究生や研究者、特別研究学生、特別交流学生といった人々を対象としています。

* Kyoto iUP:企業や大学における先端的研究・開発が英語以外の言語で行われるという我が国の特性に対応し、日本語で学部卒業レベル(あるいは修士課程や博士後期課程修了レベル)の専門知識を獲得した留学生を育成し、グローバル展開を図る日本企業及び日本経済そのものを牽引する、極めて高度な外国人材の輩出、日本社会への定着を目指すプログラム。詳しくはこちら

「課外の日本語学習支援講座」では「遠隔配信」もされているのですね。

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課外の日本語科目一覧。「遠隔講義」と記されているのが、遠隔配信されている講義。
(パリハワダナ先生提供・クリックで拡大)

はい、「遠隔講義システム」を用いて、吉田キャンパスや桂キャンパス、宇治キャンパス、そして犬山間で、授業を同時に実施しています。私が担当している授業の場合、吉田、桂、犬山間を結び、吉田キャンパスにいながら、3地点同時に授業を行っています。

技術的には、音声を拾うためにマイクを必ず使わなければならないという制約はありますが、それ以外は大きな支障はありません。学生もすぐに慣れるため、例えば3地点間で相互にディスカッションを行ってみたり、キャンパス毎のチームを作って発表しあったりといったことを行っています。

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パリハワダナ先生が担当する「遠隔配信」講義の様子(パリハワダナ先生提供)

「遠隔配信」は2011年に始まりました。犬山にも配信するようになったのは、今年(2019年)の春からです。犬山の場合、研究者や大学院生の方が日本語を学びたいと思っても、日本語科目が開講されていないため日本語の授業を受けることができませんでした。

距離を考えると、吉田や桂といった京都市内のキャンパスに足を運んでもらうというのも現実的ではなく、要望も大きかったため、遠隔授業という形式で授業を実施することになりました。熱心な受講者が多く、やりがいを感じています。

ICTを用いた日本語教育という文脈では、「さみどり」という日本語学習システムも使用されていますね。

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「さみどり」のトップ画面
(クリックでトップぺージにジャンプ)

はい。同システムは、来日前に母国で、あるいは来日後、遠隔キャンパスや自宅でも、日本語を自由に学べるよう構築されたものです。現行のシステムは2017年度に、もともとあった同名のシステムを全面的にリニューアルし公開したものです。基本的には京大生向けに公開されていますが、オープンですので、誰でも利用することが可能です。

日英中韓の4言語に対応しており、また初学者の方でも始められるよう、ひらがな・カタカナから学べるコースも用意しています。スマホ・タブレットに対応するとともに、日本語入力に対応していない端末からでも回答できるようになっているので、どのようなPC環境でも学習することが可能です。

最近では、Kyoto iUPの参加者にも、プログラムの選抜試験に合格したことがわかり次第、この「さみどり」を使って勉強してもらっています。彼らの場合、学部レベルの授業についていける日本語力を、短期間で習得する必要があるためです。

他にはどのような学習支援を行なっているのですか。

本センターで行っているその他の日本学習支援プログラムとしては、毎週2回「日本語スタディルーム」という取り組みを行っています。

会場となる講義室にTAが常駐し、留学生からの日本語に関する質問に答えたり、相談に乗っています。また、日本語教材の入ったタブレットやDVDなども置いています。
日本語学習者の自学自習を促すとともに共同学習の場とすることを目的としたものです。

本当に多様な試みをされているのですね。先生が日本語教育を実施する上で何を重視しているか、最後に伺えますか。

日本学習者の多様なバックグラウンドを尊重するとともに、いかに良い方向にもっていけるかが重要だと考えています。

先にもお話ししたように、本学には多くの国・地域から留学生、研究者が集まっています。その多様性が互いに触れ合い、交わるのが、日本語の授業だと考えています。そのため授業中は、うまくヒントを出しながら価値観や考え方の多様性、そして多様であることの重要性に気づいてもらうとともに、個々の違いをうまく引き出してあげられるようにと心がけています。

住み慣れた環境を離れて留学して来た学生にとって異文化への適応は精神的にかなり負荷のかかるプロセスです。日本の研究室文化になかなか慣れないという場合も見られます。そのような学生にとって日本語の授業は大学における自分の居場所、つまり「駆け込み寺」のような役割を果たしていると思います。日本語の授業は心のよりどころ、自己実現できる場、自己成長を確認できる場であってほしいと願っています。

授業を介してコミュニティができたりネットワークが生まれたりする様子は、みていてとてもいいなと感じています。教育に携わる私たち自身、授業を通じて学ぶことが多いです。日本語教育のそのような可能性に触れたためか、過去には、TAをやってくれていた日本人院生が、専門を変えて日本語教育の先生になったという事例もありました。

日本語の授業は、世界各国から来ている優秀な学生たちにとって自らの考え方やその文化的背景を発信する場となっています。そこでの活発な発信は相互理解や多角的見方の形成につながっていると思います。授業内で生まれるのは、あくまで萌芽かもしれませんが、互に刺激しあい、高め合える場であってほしいと願っています。

本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。

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今回のインタビューの同席者で記念撮影。左から、情報環境機構長・喜多一先生、高等教育研究開発推進センター・鈴木健雄、ルチラ・パリハワダナ先生、高等教育研究開発推進センター・田口真奈、教育学研究科修士課程2年生・梁琳娟さん、学術情報メディアセンター・外村孝一郎掛長、情報環境機構・梶田将司先生

(聞き手:田口真奈・鈴木健雄/記事構成:鈴木健雄/写真撮影:河野亘/
インタビュー実施日:2019年7月9日/本記事公開日:2020年2月25日)