Topics教員インタビュー

「ニコ動的講義」が生み出す、
教員と学生のシンクロ

京都大学 大学院情報学研究科 水原啓暁先生(認知神経科学)

2016年4月、Twitter上で京都大学のある講義が話題となった。全学共通科目の講義内で、スクリーンに映し出されたスライド上に、「ニコニコ動画」式にコメントが打てるというのだ。
この度、講義の発案者である水原先生に、「ニコ動的講義」とはどういったもので、どのような考えに基づいてその形式を採用されているのかについてお話しを伺った。
そこでみえてきたのは、専門研究の成果に基づき、教育改善に取り組む先生の姿であった。

プロフィール
京都大学情報学研究科 知能情報学専攻 脳認知科学講座 講師、博士(工学)
理化学研究所研究員、岡山大学講師を経て、2007年4月より現職。
日本認知心理学会優秀発表賞、日本神経回路学会優秀研究賞など受賞多数。主要論文はMizuhara H, Yamaguchi Y, "Human cortical circuits for central executive function emerge by theta phase synchronization", NeuroImage 36, pp.232-244 (2007), Kumagai T, Mizuhara H, "Top-down and bottom-up attention cause the ventriloquism effect with distinct electroencephalography modulations", Neuroreport 27, pp.647-651 (2016). 趣味は魚釣りと広島カープの応援。ミニマリストの立場から、研究室には極力不要なものを置かないようにしている。

試行錯誤の末、大講義での使用を始めた「パパパコメント」

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「ニコ動的講義」の様子。「ニコニコ動画」のように、授業スライドの上を学生からのコメントが流れる。質問がある場合、コメントとして打ち込めば、先生が答えてくれる(2016年7月21日撮影)。
*取材時は、水原先生の講義が終了していたため、先生と一緒にリレー講義を担当されている辻本 悟史先生(情報学研究科)の講義風景を本稿では使用した。

まずは授業の形式ですが、「ニコ動的講義」とでも呼べば良いのでしょうか。

はい。ただ、正式には、「パパパコメント」という公開ツールを使ったもので、本家の「ニコニコ動画」とは違います。「パパパコメント」は、リクルートが7-8年前から公開しているBETA版のツールで、教員のPCにインストールして使うものです。
学生の方は何もインストールする必要は無く、「パパパコメント」のHPにアクセスし、予め教員が設定した「部屋名」を打ち込むことで、ネットから教員のPCを介し、講義で投影されているスライド上に文字を送ることができます。学生はネットに繋がっているだけで良い。

いつ頃から使い始めたのですか。

6-7年前に「パパパコメント」の存在を知ってからです。
最初は、受講生40名ほどの大学院生向け講義で使い始めました。2年間くらい試してみたのですが、あまりコメントが来ず、面白くない。その後、学会等で100名ほどの学生に向けて講演する機会があり、使ってみたところ、反応がきました。
色々と試す中で、確信を得たのが、学外で「統計学入門」という講義を行ったときです。統計学は内容がとても固く、式の展開等も必要になる。私は「板書派」なのですが、式展開が分からないとき、「文字が分かりづらい」や「そこの式展開が分からない」といったコメントがどんどんくる。

そこで、これは使えるなと感じ、もう一度京大でも試してみることにしました。今回取材頂いている「神経学の基礎」という講義は去年から始まったものですが、事前に数百人が入る全学共通科目と聞き、試してみたところ、評判が良く、今年もそのまま続けています。

それがインターネット上でも紹介されて。

はい。ただ、インターネット上で盛り上がったのは、去年では無く、今年のことです。ネット上で騒いで頂いて、それを見た学外の方、とりわけ心理系の方の中で、同じツールを使い始めた方もいると聞いています。

学生の関心を促すためのツールが生み出した、当意即妙の「掛け合い」と理解の深化

このツールを使うメリットとして、大きいものは何だと感じていますか。

やはり学生が授業やスライドに興味を持ってくれるのが大きなメリットですね。とりわけ何百人も入るような大規模講義の場合、放っておくと、学生はすぐに退屈してしまい、寝てしまったり、前を見なくなる。
そこで、まずは前を見させよう、前から目を離せないようにしようと考えました。この講義形式の場合、例えばコメントがダーっと流れ始めると、たまに面白いコメントが流れてくるので、それを逃すまいと前を向いてくれるようになる。これが最初のメリットです。
ただ、そうこうしていくうちに、学生がどこを分かっていないのかや、学生にとってどこが分かりにくいのかが見えてくることに気がつきました。そういった箇所については、繰り返し説明するようにして、その結果、学生の理解が促されるようになったと感じています。

数百人も参加する講義の途中で、学生も「はい!先生、ここが分かりません!」とはなかなかいえないですものね。

まぁまず無理ですよね。

学生の質問の中には、なるほどなぁと感心するようなものもやはりあるのですか。

そうですね。予めその分野の知識を持っていた学生が深い質問をしてきたり、あるいは、事前知識とは関係なく、良い質問があると、もともと用意してなかったような話を加えつつ話をしたりしています。
こういった、話を広げるという点についても、かなりメリットはあるのかな、と感じています。

逆にコメントで荒れてしまうようなことはなかったのですか。

確かに荒れます(笑)。特に最初の方は、学生たちも面白がってやっているので。
ただ、一番最初の講義では必ず、あまりにも酷いようだったら、このシステムはとりやめるからね、ただ、それは誰も得をしないよね、だからそこは節度を保ってやってね、ということを伝えています。そうしたら、学生たちもそう酷いコメントは打たなくなります。
とはいえ、それでもやっぱり、正直くだらないコメントは出てきます。ただ、それは敢えて拾わないようにしている。そうすると彼らも飽きてきます。無視されていると、最早それを言ってもしょうがないなとなって、今度は逆に、できるだけ拾ってもらえるコメントを考えるようになる。

仮に茶化すにしても、低次元過ぎない、ちょっとひねった質問を考えたり(笑)?

そうですね、講義の内容以外でも突っ込んできたりとかはありますね。
そういったときは、学生がボケたことに突っ込んであげたりとか、逆にそれをきっかけにして、神経科学の話に持っていたりすることもある。いろんな展開ができる分、面白いことは面白いです。

シンクロする脳:認知神経科学からみた、人のコミュニケーション

水原先生は、認知コミュニケーションがご専門とのことで、言語的・非言語的コミュニケーションと脳の働きとの関連性を、MRI等の測定装置を用いて解明することを、研究テーマにされていると聞いております。
先生のご専門から見たときに、この講義形式についてはどういうことがいえるのでしょうか。

その点に関して、つい最近『京都大学新聞』にコラムを書かせて頂いたところなのです。
私の専門は、コミュニケーションに関するものなのですが、そこで、近年「シンクロ」ということに着目して研究しています。

別々の振幅を持つメトロノームが「シンクロ」してゆく動画。
同じことが、人間のコミュニケーションにもいえるという。

まずこの資料〔編集部注:左部埋め込み動画〕を見て欲しいのですが、二つのメトロノームがあり、それぞれ別のタイミングで振れさせます。そうすると、放っている限り、別々のタイミングで振れ続ける。
ところがそれを、二つの缶を下に置いた一枚の板の上に置き、お互いに力が伝わり合うようにすると、針の触れ方がどんどんシンクロしてくる。
こういった現象はホタルの点滅の事例がよく知られていますが、実は私たちの脳の中にもあり、それがコミュニケーションにもいえるのではないかと。つまり、脳は通常、ある一つの部位が一つの機能を担い別々の部位は別々の働きをします。ただ、私たちが何かをする際、どこか一ヶ所の部位だけで情報を処理して何かができるわけではなくて、色んな機能を担っている部位同士が状況に応じてシンクロすることによって、それぞれの情報が融合し、状況に応じた知能が発生してきます。

これが人間同士のコミュニケーションにもいえるのではないかと、音声を介したコミュニケーションについて最近研究しているところです。音声自身リズムを持っていることが知られていますが、そういったリズムが、相手と話しているときに、脳と脳のシンクロを促しているのではなかろうか、脳と脳とがシンクロすることによって、二つの知識が融合して、新たな知識が生まれてくるのではなかろうかということで、新たな研究を始めているところです。
そういった意味では、講義の場合でも、一方通行だとなかなかシンクロしないのですが、双方向の力が伝わると、シンクロしやすくなって情報のコミュニケーションが行われます。ただ、通常の授業ですと、例えば一つが教員で、一つが学生とした場合に、学生の情報はなかなか相手に伝わらない。仮に教員の情報だけだとしても、物理的原理でいうと、一応シンクロは可能だが、その効率はすごく悪くなる。教員側のメトロノームも、学生の振動を受けることによってともにシンクロしやすくなり、タイミングが揃うことによって相互のコミュニケーションがとりやすくなる。このような観点で、現在の授業を行っています。

先ほどお見せ頂いた資料にあった、二つの缶上に置かれた板の基盤が、「パパパコメント」ということですか。

まさにその通りです。シンクロを促すためのツールとなっている、ということです。
こういったことは理論的にも解明されており、京大理学部の名誉教授である蔵本由紀〔ヨシキ〕先生という方が、この辺をずっと研究されており、脳の中にも同様のことがいえるのではないかということで、一部の人が現在脳を対象に同様の研究を行っている状況です。

一度しかない講義で、学びの質をどう担保するか

全学共通科目の講義に利用し始めたのが昨年度からということですが、学生の学習効果のようなものは、いかがでしょうか。

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講義で使用するテキストを持つ水原先生。この中から素材を選んでスライドにするが、対象は理系・文系ともに含まれるため、選定にはいつも気を遣うという。

去年の授業評価アンケートを見る限り、それなりの学生が工夫して講義していることを感じてくれているようで、効果はあるのだと感じています。例えば、講義は普通後半になるにつれて人が減っていく傾向があります。ただ、今回の講義〔編集部注:編集部が取材した辻本先生による前期の最終講義のこと〕ですと、400名を超える履修登録者数に対して、300名以上は来ている。全学共通科目のこの時期としては、比較的大きいパーセンテージといえるのではないかと考えています。
ただ、勿論良い評判だけでなく、学生にとっては嫌だという感想もあって、画面上に文字が流れてしまうため、気が散る、集中できない、というコメントもありました。実際、その点を敬遠して受講しないという学生もいたようです。

ただ、この点について可能な限り配慮はしており、板書形式を採用して基本は黒板を使い、必要な図のみをディスプレイに出して説明する。
また、そのスライド資料は、講義の一週間前にはKULASIS〔編集部注:京都大学の全学共通科目及び各学部・大学院の教務情報をまとめたWebシステム〕にアップしており、そこからダウンロードして見ておいてね、と伝えている。スライドの図にはコメントも付けており、予習もできるようにしている。
そういった対応によって、できるだけ多くの学生が受講できるよう工夫しています。ただ、やはり学生によっては逆効果という場合もあるかもしれない。

学生数が多いぶん、苦労も多いのですね。他にも同様に工夫されていることはありますか。

必ず板書の「写メタイム」というのをとっています。これは、講義中には、書くことにではなくて聞くことに集中して欲しいからです。
学生には、社会に出たら、ただ記憶するよりも知っていることが重要だと伝えているのですが、そういった観点から、試験についても、通信機器以外全てのものを持ち込むことを許しています。

あえて板書にこだわるのには理由があるのですか。

そうですね、あえて板書を採用し続けるのは、学生によってはアナログじゃないと受け入れらない部分もあるからです。全てデジタルであれば良いというわけではないと考えています。

なるほど。

また関連して、授業の「一回性」というのも重視しています。授業はリアルタイムの一回限りですし、定められた講義時間内でしか、その講義を聞くことができないのが講義の醍醐味といえます。
その点、授業中に出た質問でも、真面目な質問の場合、できるだけ積極的に拾ってあげ、拾える範囲でそれを掘り下げる努力をしています。

決して教育に燃えているわけじゃない。けど、どうせやるなら楽しまなきゃ。それが学生の学びを促す「快感情」にも繋がる。

先生がそこまで授業改善に対して熱意を燃やす、モチベーションというのはどの辺りにあるのでしょうか。

大きく分けて、二つあります。一つは神経科学が楽しいなと思って欲しい、そのためにも神経科学という学問と「快感情」、すなわち気持ち良い感情とを連動して記憶して欲しいなという考えです。逆に変な感情と結びついてしまうと、神経科学そのものが面白くなくなってしまいます。

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「決して教育に燃えているわけじゃない」と語る水原先生。ただ、それでも結構大変でしょ、と水を向けると、「確かに学生とは常に真剣勝負で向き合っている。正直キツイよ」と爽やかに語った。

私の所属する情報学研究科は学部を持たないため、院から入ってくる学生ばかりなのですが、そのときに講義で聞いて、神経科学をやっている研究科だから面白そうだなと思って入ってきてくれる学生が増えてくれると、我々としてもハッピーですよね。こういった要素が一つ目のモチベーションです。
もう一つは、私たち大学教員自身が教育にあまり興味を持っていないパターンもあって、私自身も決して教育に燃えているわけではありません。ただ、どうせやるなら楽しまなければいかんよね、とも思っています。
自分が楽しくもないものをやっていても、お互い無駄な時間を過ごすだけだから、それなら自分自身が楽しいと感じるものをやろうと。学生たちとコミュニケーションをとり、こちらの冗談によってその場で笑いが起きたりすると、こちらも楽しいし、逆にこちらも学生のコメントで笑うようなこともあります。講義をそういった楽しい時間にしたいという思いもありますね。

一緒に授業を受け持たれている辻本先生との役割分担はどうされているのですが。
「パパパコメント」は、水原先生が最初に使い出されたということで、授業形式を決めるにあたって苦労されることはなかったのですか。

特になかったですね。授業そのものは、ベースとなる教科書を決め、一回の授業で一章進めることで、その一冊を半期で終わらせるように作っています。辻本先生とは、担当章だけを決めて分担しています。
辻本先生が「パパパコメント」を使い始めたのも今年からで、当初は辻本先生にも伝えず、勝手に使い始めました。去年の授業評価アンケートで「パパパコメント」が良いと言われていたことや、今年ネットで騒がれたということもあって、自然と同じやり方で講義するようになったのです。

最初から「パパパコメント」ありき、というわけではなかったのですね。

全然ないです。勝手に私が楽しんで始めただけで、私から辻本先生に紹介した、というわけでもないのです。

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「パパパコメント」を用いて講義をされる水原先生の同僚である辻本先生。講義中は常に和やかな空気が流れていた。

授業の様子を拝見した限り、辻本先生は結構まんざらでもなさそうでしたね(笑)。

ハハハハハ(笑)、辻本先生も結構お好きだったのかもしれませんね。

じゃあ特にそこで揉めたりとか、そういったことはなかったのですね。

そうですね。辻本先生が全てスライドでやるのに対して、私は板書を重視するなど、講義スタイルも全然違いますしね。

あえて教室で講義することの意味を考えたとき、学生と教員の双方向的コミュニケーションは重要なポイントである。

ご所属の情報学研究科や、全学共通科目を担当されている他の先生からの反応はありましたか。

学内からは全くなかったですね(笑)。最初にお話しした通り、むしろ学外の先生で利用し始めた方がいると聞きました。その後聞いてみると、そちらでも反応は良いみたいです。

方法論として確立して公開していくといったところに、関心はあるのですか。

そうですね。その点は是非大学本部にも協力頂きたいと思っているところです。
冒頭でも一部触れましたが、「パパパコメントBETA版」ですが、7-8年前からBETA版として試験運用されている状態で、リクルートがいつ運用をやめてもおかしくありません。その点は利用規約にも明確に書いてあります。これが無くなると正直痛いな、辛いなと感じています。
ですので、是非大学としてこういったものを開発して頂けると良いなと。これが良いのか悪いのかは分かりませんが、学生番号で管理すれば、荒れたコメントは無くなるかもしれません。そうすれば、より多くの先生が安心して利用できるようになるのではないか、というのはあります。こういった認証について、リクルートの「パパパコメント」に求めるわけにもいきませんしね。
ただ、先ほど良いか悪いかは分からないと申したのは、そうすると学生が萎縮しちゃって、面白いコメントが無くなるかもしれないからです。笑いが起きる環境で楽しみながら講義を受けないと、快感情という良い感情とともに記憶してくれないので、当初の目的からするとあまり意味が無くなってしまいます。ですので、そこまで管理すべきか否かはやってみないと分からないだろうと思っています。

全て個人情報とともに辿れるとなると、学生からすると、不安な点もありますよね。
技術面での開発可能性というのはどうなのですか。

技術面では、Adobe AIRを使っていると聞きますが、私自身は情報学研究科所属ではあるものの、神経科学をやっているため、残念ながら作れません。ただ、作れる人が見たら、そう難しいものではないのかもしれませんね。

リソースを持つ大学だけに、その点については是非サポートして欲しい、ということですね。

そうですね。

最後に、先ほどの先生のお話ではありませんが、京都大学には、折角授業をするからには、より面白くかつ効果的な授業をしたいと思っていらっしゃる先生が他にも多くおられると思います。そのような新しい試みを検討されている先生方に向けて、何かしらのアドバイスやご助言、メッセージのようなものを頂けますでしょうか。

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終始和やかな表情で取材に対応してくださった水原先生。
(右横は取材にあたった高等教育研究開発推進センター奥本特定准教授)

私のようなものがアドバイスというのもおこがましいですが、ただ、インタラクティブな講義、今どきの言葉でいうと「コール・アンド・リスポンス」(call and response)な講義はすごく重要だと思っています。
それは先ほどもお話ししたように、私たちがやっているコミュニケーションに関する脳の研究でも、一方通行の情報だけだと情報は伝わりづらいということが分かっている。学生がどう思っているのかを、その時々に応じて、ダイナミックに判断してあげるということが重要になるかと思います。
そういうものがない授業であれば、極論をいえば、ビデオでずっと流しておけば良いともいえます。わざわざ私たちが現場に行って講義する目的を考えたとき、学生の反応を見ながら実施することに意義があるのかなと思いますし、その辺りは重要なポイントとして強調して良いのかなと思っています。

大変参考になりました。本日はお忙しいところお時間頂きありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

インタビューを終えた後、水原先生は「副産物」と断った上で、以下のようなエピソードを紹介した。

大学院生向けに「ニコ動的講義」を試していた際、一人の耳の悪い学生が受講生の中にいた。彼はいつも一番前に座っており、それによって講義内容はかろうじて聞きとれるが、他の学生の質問は聞きとれず、いつも不安を感じていた。ある日彼が講義終了後、先生の元を訪れ、お礼を述べる。「ニコ動的講義」が実施されるようになってから、他の学生の質問がわかるようになった、反応も感じることができた、これは初めての経験だ、と。

個々の先生方の努力が、学生たちの「学び」の経験そのものを変える可能性を持つことに、再度思いを馳せた瞬間だった。

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(聞き手:奥本素子/記事構成:鈴木健雄)