Topics教員インタビュー

一人ひとりの学習スタイルの
尊重を目指す反転授業

京都大学 大学院薬学研究科 金子周司先生(薬理学)

2016年度から、これまで長年に渡っておこなってきた講義形式での授業から、いわゆる「反転授業」の形態への転換を図った金子先生。この度、先生に直接お話を伺い、反転授業導入の経緯や授業形式の概要、学生一人ひとりの学習スタイルの尊重を目指す授業実践の取り組みを取材しました。

プロフィール
京都大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 病態機能解析学講座 教授、博士(薬学)
富山医科薬科大学(現、富山大学)助手、京都大学薬学部助手、同助教授、同大学大学院薬学研究科助教授などを経て、2004年4月より現職。
研究関連の業績はこちら
教育関連の業績に関しては、編著として教科書『薬理学』(化学同人、2009年)を執筆。
1993年より医学・生命科学分野の専門用語データベースの制作・改訂プロジェクト(「LSD (Life Science Dictionary) プロジェクト」)の代表として「ライフサイエンス辞書」、電子書籍『医学薬学基礎英単語1000』(ライフサイエンス辞書プロジェクト、2013年)、薬理学学習ソフト『デジ薬理』(株式会社ステップワン、2017年改訂)などを制作。
京大の全学共通科目・英語科目で使用されている『京大学術語彙データベース基本英単語1110』(京都大学英語学術語彙研究グループ(編)、研究社、2009年)への単語音声ファイルの提供にも協力。
薬物関連の事件捜査や報道協力などの社会貢献活動も多数。趣味はスキー。

事前学習で講義内容のエッセンスを学び、対面授業で応用的な内容に取り組む

先生は昨年度(2016年度)から反転授業を取り入れているということですが、具体的にどのような授業をおこなっているのですか。

学部2回生向けの生理学2という授業で反転授業を実施していて、学生には事前学習として教科書のほかに動画と補足プリントを使って勉強してもらっています。動画はPowerPointのスライドに僕の声を付けて収録し、YouTubeにアップロードした20分くらいの長さのもので、プリントは学習範囲の教科書の図表を引用したものです。それぞれ事前に作成したものを授業の終わりに公開または配布して、次の授業までに学習してもらっています。
対面授業はいわゆるBYOD(Bring Your Own Device)の形式にしていて、自分でPCやスマホなどのデバイスを用意させ、それらを持ってこられない学生にもPCの貸し出しをおこなっています。授業の冒頭で事前学習の確認のための小テストをPandA上でおこなった後、学生には演習としてグループ学習に取り組んでもらい、演習課題に対してそれぞれのグループで調査やディスカッション、発表をさせて、それに対して解説をおこなっています。

事前学習と対面授業の学習内容はどのような関係になっているのですか。

事前学習の動画とプリントには講義内容のエッセンスの部分をまとめており、対面授業の演習はより応用的な内容になっています。演習課題にした部分は、反転授業にする前は講義の中で触れていた内容ですね。つまり、反転授業では、発展的な内容はあえて事前学習の動画やプリントの中で教えずに、対面授業の演習の中で自分たちで調べたり考えたりさせるようにしています。

なるほど、かつては講義の中で答えを教えていたものを、反転授業では自分で取り組ませているということですね。

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金子先生による反転授業の流れ(2017年6月を例に。クリックして拡大)

PandAが反転授業実現の後押しに

そもそも先生が反転授業を導入しようと思われたのは、何年くらい前のことなのでしょうか。

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PandAを用いた小テスト実施後の解説の様子(2017年7月4日撮影)。実施直後に正答や学生全体の成績分布を表示できるのも利点であると金子先生は語る。

3、4年前です。反転授業を取り入れる前は講義と試験による授業形式をとっていましたが、ずっと同じ内容をやっているうちに飽きてきてしまいました。学生も、試験の過去問や模範解答を公開するとその内容しか勉強してこないような学生が出てきたり、出席点だけほしくて来ても寝ているような学生もいました。なんとかしないとと思っているところで、あるとき反転授業のことを聞いて、昔WebCT〔編集注:eラーニングプラットフォームの一つ〕を使って大学院向けに反転授業的な取り組みをおこなっていたのを思い出して、ああ、あのような形式は学部の授業でも活用できるだろうと思い立ったんです。
反転授業的な取り組みをおこなっていたというのは、2000年頃から化学研究所バイオインフォマティクスセンターと連携してテレビ会議システムを利用した大学院向けの遠隔講義をやっていて、撮影した講義映像をWebCTに乗せるといったことをしていました。エッセンスのところを動画で撮り、学生がそれを繰り返し見て自習できるようにするという点で、反転授業に類似した実践をおこなっていたというのが素地にあったんです。

そうなんですね。授業改善をおこなうにあたって、反転授業の概念と授業スタイルがストンと落ちて具体的にイメージができたということでしょうか。それにしても、反転授業という言葉が出始めたのが2014年頃からなので、3、4年前というのはとても早いですね。

ただ、そういうイメージはあったんですけど、当時は実際にやるとなると大変だよな、と思っていました。反転授業をやるにあたって、やはりPandAができたのは大きいですね。PandAができたことで反転授業を具体的に検討できるようになったし、タイミングがよかったと思います。KULASISとも連携していて、仮履修登録もできるようになりましたし。

先ほどお話があった小テストのほかに、授業内外でどのようにPandAを用いられているのですか。

事前学習用の動画のリンクや動画の中のPowerPointスライドのPDFなどをPandA上で共有したり、事前学習のリマインドのためのメールを送ったり、授業中に演習課題を表示したり、意見調査の機能でアンケートを取ったりしています。

金子先生の反転授業で使用されている
主なPandAの機能とその用途
PandAの機能 用途
リソースツール  YouTubeリンクや教材の配布
メールツール  リマインダーの通知
テスト・クイズツール  小テストの実施および採点
課題ツール  グループ学習の課題の提示
意見調査ツール  アンケートの実施

試行錯誤の中で

その後、反転授業を初めて導入された昨年度、授業設計をおこなうにあたってどのような苦労がありましたか。

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事前学習の教材の作成にあたって、図表の著作権の問題に関してはいろいろ考えましたね。動画をWeb上で公開するので、教科書の図表を参照したい場合など、著作権の問題に注意しなければなりません。動画上のスライドには教科書のページ数と図表番号のみを書き、図表そのものは出典を明らかにした上で配布するプリントに引用するという方法で著作権の問題をクリアしました。
また、動画の収録は集中力が必要でしたね。20分間普通にしゃべるような感覚で流し撮りで撮るというのはなかなか大変です。原稿を作ると時間がかかるのでしていませんでしたが、目の前に学生がいるような感じでしゃべるのは慣れていないのもあり、大変な部分がありました。

確かに、学生が目の前にいない中で講義を撮影するとあまり熱が入らないという先生もいらっしゃいます。これまでのご経験の中で説明の仕方が洗練されているというのもあるかもしれないですね。

確かに、頭の中に全体の流れが入ってないと、とてもじゃないけど一発撮りは難しいです。ほぼ1回で撮って、たまに言い間違えてそのスライドから撮り直すこともありますけど。同じ20分でも、学会なんかでしゃべるよりもよっぽど疲れますね。

事前学習の映像は定期的に1本ずつ撮られたのでしょうか。それとも一気に撮られたのでしょうか。

反転授業にした生理学2は火曜日の授業だったので、その直前の日曜日に次の週の分を撮るようにしていました。やってみると頭の切り替えが大変でした。次週に扱う内容の1つ先の内容を収録しつつ、次の授業日にはその1つ前の演習をやるわけでしょう。だんだんゴチャゴチャになってきて、意外と難しかったです。1週違いの授業を2クラス並行して持っているような感じがしました。

なるほど。対面授業では、事前学習の動画に収録する講義内容は話さず、演習のみをおこなうわけですからね。昨年度はそのような苦労があったのですね。2年目の今年の授業はいかがでしたか。

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グループ学習時の課題の説明の様子

今年の事前学習の準備に関しては、去年収録したものの部分修正だけだったので楽でした。修正という点では、対面授業は演習の形式を昨年度から今年度で大きく変えましたね。もともと演習ではグループ単位でアクティブラーニングをさせたいと思っていたのですが、昨年度はネット環境や収容人数の観点で講堂で授業をおこなっており、固定された机しかなかったため、個人単位で課題をさせていました。今年度の授業では、今年の4月にできたばかりの新しい講義室で可動式の机が利用できるようになったので、グループ学習の形式にしました。新しい講義室ができる際、固定の机にしないようにお願いしたんです。

反転授業が促す自由な学習スタイル

さまざまな試行錯誤を経て授業を変化させていったということですが、反転授業の良さはどのようなところにあると思われますか。

教える側からするとやはりコンパクトにできますよね。学生にとっては、事前学習でノートを作ろうと思ったら、当然時間がかかって大変でしょうけど。でもそれなりに個人に合った勉強方法ができるとも思うんです。学生の中には、事前学習を30分しかやらないのに良い点を取ったり、動画の音声の方を聞かずにスライドだけで分かっちゃうような人もいれば、じっくり何回も動画を見直してノートを取る人もいますし。授業に対する学生からの反応にもさまざまなものがありましたが〔編集注:下表「学生の声(抜粋)」を参照〕、僕の捉え方としては、京大生はそれぞれ自分の勉強スタイルを持っており、こっちに合わせるのではなくあくまでも自分のスタイルで勉強したいのかなと思います。そういう意味ではこのやり方は自由が利く良い方法だと思います。

なるほど、反転授業は自由度を与える方法ということですね。そういう意味で画期的ですね。

正直に言うと、最初に反転授業をやったときに学生がこんなに事前学習をしてくるとは思わなかったんですよ。思っていたより根っから真面目な学生が多いんでしょうね。

そうなんですね。先生の対面授業が、PandAで確認テストを実施されるなど、事前学習をやってくることを前提とした授業展開になるように設計されていたということもあるのではないでしょうか。

参考:「学生の声(抜粋)」(「薬学専門科目での反転授業の試み2016」p.13より)
  • 予習復習がしやすいので自由に勉強できた。
  • ノートを使わない楽な授業だった。(自分には合っていた)
  • 予習をした後に授業でもう一度説明を聞くことができたのでより理解が深まった。
  • 自分が分からないところに時間をかけて、分かっているところはサラッと流せるので良かった。
  • ノートをしっかり作りたいタイプなので、先にノートを作っておいて授業中にメモを増やせるという点ではよかったです。
  • 後半はまずレジュメを印刷して理解しながら読んだりマーカーを引いたりする作業に1時間弱+講義を1.5倍〜2倍速で視聴したので10〜15分程度←いちばん理解が深まる方法でした。
  • 板書をする授業形式だと、板書をしている間は先生の話が耳に入ってこないのが残念なところです。しかし反転授業であれば、ある程度頭の中に知識が入っているので、特にノートをとる必要もなく、先生の話に集中できます。
  • しっかりと予習をしてきた場合、授業でもう一度解説を聞き、その後演習をするというのは知識が定着しやすい方法だと思いました。
  • 授業前に自分で予習をする必要があったので、毎週少しずつでも勉強していくことができた。普通の講義形式では、テスト前にまとめて勉強することになっていたが、今回はそれを1週間ごとに分割できた。

学生の今後を見据え、「深い理解」のための授業を目指す

今後の反転授業の実施に関して、改善点や課題などはございますか。

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「なぜそんなに教育熱心なんですか」と伺うと、「そんなに熱心じゃないですよ。楽したいがためにやっているだけで、動機は不純です」と謙遜された。

来年はグループ学習は全部の授業で実施するのではなく、ときどきやるようにしようかなと思っています。今年やってみて、いつもグループ学習が有効であるというわけではなく、学生が互いのノートを見せ合うような盛り上がるものはグループでやらせた方が良いし、調査などをさせて覚えなければいけないものは一人ひとりでやらせた方が良いかなと感じました。また、演習の際の課題の中身についても、来年もう一回試行錯誤しようかなと思っています。
今後の課題としては、反転授業を導入する前と後で最終的な成績分布が変わっていないことがあります。確かに、最後の試験で全く新しい問題を多めに出したり、昔出していたノート点による加算をなくしたりしたことの影響が少しはあるかとは思いますが、これだけやり方を変えて以前と分布があまり変わらないというのは興味深いところですね。

最後の試験で出されたという新しい問題とは具体的にどのようなものなのでしょうか。

違う回の授業で扱った複数の内容を串刺して聞くような、応用的かつ総合的な問題になっています。結構難しい聞き方をしているので平均点は下がりますね。とはいえ、対面授業で体を動かして学習したことで、以前より成績分布が良くなるかなと思っていましたが、あまり変わっていないのが現状なんですよね。テストができればいいというものでもないですが、こちらの希望としては、こうやって勉強したことによって知識や記憶が持続して、学生のベースにある知的なものとして残ってくれるのが一番うれしいです

いま、先生がおっしゃったことは教育の用語でのいわゆる「深い理解」に当たると思いますが、学生がそういった本質的な理解をきちんと獲得しているとテスト勉強の後も残りますし、もし成績の点数として出なかったとしても、カリキュラムで見たときに大きな意味を持っているかもしれないですね。

そうですね。カリキュラムの最後の方で全種類の薬を覚えろと言っても普通できませんし、学生には2回生の段階で土台としてしっかり知識を持っておいてほしいと思います。

先ほど課題とおっしゃった成績分布についても、今後もさまざまな試行錯誤を重ねる中で変わるかもしれませんね。授業の難易度が上がっても、少なくとも成績分布が悪化することはなかったという見方もできるかもしれませんね。

そうですね。少なくとも悪くなってはいないということは強調してよいと思います。

お話を伺っていると、先生は学生の将来を見据えた視点を常にお持ちのように感じます。授業をとおしてこういった学生を育てたいという思いやお考えはございますか。

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グループ学習の様子

グループ学習の目的は、グループの中でリーダーシップを取れるようになることにあります。自分だけで満足しないで、他の学生にも教えられるような、そんな人になってくれるとうれしいですね。社会に出てから求められるのはリーダー的な資質だろうし、利他的に、人に教えてあげられるようなお節介ができるといいかなと本心では思います。

確かに、リーダーシップはおそらく講義形式の授業だけでは育ちにくい能力かもしれませんね。
最後に、他の先生方で反転授業をしたいとおっしゃる方がおられると思いますが、何かアドバイスやご助言などはございますか。

全部を一度にやるとなると大変なので、1コマ分だけまずやってみたらどうでしょうか。ただ、自分の経験ですが、反転授業はいざやるとなると全部やりたくなっちゃうんですよね。ともあれ、試しに授業期間のどこか余裕のあるところで2週使って1週分の反転授業をやってみるのはどうでしょうか。

ありがとうございます。参考になりました。本日はお忙しいところありがとうございました。

(聞き手:田口真奈・澁川幸加/記事構成:河野亘/写真撮影:鈴木健雄/
インタビュー実施日:2017年9月21日/本記事公開日:2017年12月21日)