Topics学生インタビュー
学生発 LMS 改良プロジェクト:Comfortable PandA とその世界展開
京都大学 工学部電気電子工学科3年 武田和樹さん、河野智奈武さん、遠藤浩明さん
「Comfortable PandA」とは、京都大学工学部の学生が自主的に開発した、京都大学の学習支援システム(LMS) 「PandA」をより使いやすくするための Webブラウザ向け拡張機能(プラグイン)です。オンライン授業が本格化した2020年5月に、開発・公開されました。インタビューを実施した2021年9月の段階で、京都大学の学部生数の1/4に相当する、3500人に利用されています。
このComfortable PandAの開発経緯と機能、今後の展望について、その開発者である工学部電気電子工学科3年生(インタビュー時)の武田和樹さん、河野智奈武さん、遠藤浩明さんにお話を伺いました。
学部学生数の4分の1に相当するユーザーが利用するComfortable PandA
後期の授業が始まる前のお忙しいところありがとうございます。まずは3人の関係について教えてもらえますか。
工学部電気電子工学科3年生の武田和樹さん
武田:学部1年生の時のクラスが一緒で、そこで知り合いました。プログラミングが共通の趣味ということがわかり、それ以来、集まって一緒にプログラミングをしていたりします。
なぜComfortable PandAを開発しようと思ったのですか。
武田:2020年の4月、2年生の前期になってオンライン授業が始まるということで、PandAを使ってみたところ、もっとこんな機能があったら良いのになと感じる点がいくつかありました。そこで、自分たちの力で実現できたらと思い、5月の中旬に開発を始め、大体5日間くらいで完成させ、公開しました。
すごいスピードで開発されたのですね。その反響はいかがでした。
武田:公開時、Twitterと、もう一つこれとは別に開発・公開しているLine用アプリとで告知したところ、Tweetが拡散し、公開してから1ヶ月も経たないうちに1000名近い人に使ってもらえるようになりました。その後、20年度後期、21年度前期と授業が始まるごとにアクティブ・ユーザーの数は増え(左図)、21年7月21日の段階で3221名の人に使ってもらっています。なお、このアクティブ・ユーザー数は、Google Chrome向けのものだけをカウントした数字なので、FirefoxやMicrosoft Edge、Safariユーザーの数を合わせると3500くらいはいくと思います。
京都大学の学部生数が大体1万3000人なので、単純計算でその約4人に1人は使用しているということですね。これはすごい数字ですね。
技術を持ち寄り、自発的・自主的に開発
改めて、Comfortable PandA の機能について説明してもらえますか。
武田:大きく分けて4つあります。一つ目が、PandAの画面上部にある講義タブの色分け機能です。元々は白なのですが、各講義で出ている課題の締め切りまでの時間に応じて、3色に色分けされるようにしました。
緑色が14日以内、黄色が5日以内、赤色が24時間以内と、信号のように直感的にわかりやすい色としています。
二つ目は、各講義で出ている課題の一覧表示機能です。画面上部メニューバーの右側に三本線のアイコンが出て、それをクリックすると、現在公開されている全ての課題が一覧できます。
この機能ではまた、締め切りに応じて課題をグループ化して表示したり、提出したものにチェクボックスをつけたり、PandA上では公開されていない課題のメモを加えたりできます。
三つ目は、課題の通知バッジの機能です。これは、前回アクセスしたときからの差分をとり、新たに課題が出ている講義タブに赤いバッジをつけてくれるというものです。
PandAのコースサイトを確認しにいくと、いつの間にか課題が出されていることがあります。PandAで課題を出すときに「通知する」機能はあるのですが、通知するかどうかは先生の判断によります。先生は、授業中にぼそっと一言、課題を出すことをおっしゃったかもしれませんが、気づかないこともあります。
私たちは、こうした、先生は伝えたつもりでも学生には伝わっていない課題のことを「サイレント課題」と呼んでいるのですが、この機能によってそれに気づくことができます。
最後に、21年3月のPandAの大幅バージョンアップを受けて追加した機能が、「お気に入りバーの上限突破」機能です。同バージョンアップの結果、お気に入りバーに表示される講義タブが10個に制限されるようになりました。
先生からすると講義タブは10個で十分なのだと思いますが、10コマ以上の授業を受講している学生からすると、この制限はとても不便です。この機能を使うことで、好きな数だけ追加できるようになります。
あと、その他の機能として、PandAから数分おきにデータを取得する「キャッシュ機能」や、先述の緑・黄・赤の色を自由に変更できる「カラーユニバーサル機能」があります。Google Chrome、Firefox、Microsoft Edge、Safari という4つの主要ブラウザに対応しています。
この辺りの機能説明は、21年6月に国立情報学研究所(NII)のサイバーシンポジウムで行った、Comfortable PandAに関する発表の資料や、同年9月13日の高等教育研究開発推進センターが設定下さった講習会での発表資料*に載っているので、適宜ご覧いただけたらと思います。
* 資料並びに講習会の様子(動画)は、こちらのページ(学内限定)からご覧になれます。
なるほど、機能も徐々に増えていってるのですね。3人の役割分担はどうなっているのですか。
インタビュアーの田口真奈 高等教育研究開発推進センター 准教授
武田:明確にこれといった形で分担しているわけではなく、ビデオ通話をしながら、一緒に開発しています。元々は私1人で開発していたのですが、途中から河野さんと遠藤さんにも手伝ってもらうようになりました。
先ほどお話しした「お気に入りバーの上限突破」機能は河野くんが、カラーユニバーサル機能は遠藤くんが、それぞれ開発・実装してくれました。「上限突破」の機能は、どういった経緯で追加されたのですか。
工学部電気電子工学科3年生の河野智奈武さん
武田:この制限が不便で取っ払ってしまいたかったのですが、私の技術では難しく、河野くんに助言を求めたところ開発してくれました。
河野:私自身、元々、講義タブが10個に制限されるというのは不便だと感じていて、Comfortable PandAとは別に拡張機能を作ろうかとも考えていました。そこに武田くんからComfortable PandAに追加してみたいという話があり、どうせなら一つにまとめちゃえと思い、Comfortable PandA向けに開発することになりました。
武田:河野くんには、その他にも、去年の12月にComfortable PandAのソースコードを書き直した際にも助けてもらいました。
河野:元々JavaScriptで書いていたのですが、メンテナンスのしづらさがあり、今後のことを考えると一度書き直した方が良いだろうということで、Typescriptという言語で書き直しました。
遠藤さんの「カラーユニバーサル」はどういった経緯だったのですか。
工学部電気電子工学科3年生の遠藤浩明さん
遠藤:友人に、赤緑青(RGB)という光の三原色のうち、赤が見えないという人がいるのですが、その彼が電子パーツの抵抗器のカラーコードが見えないと言っていたことがあり、そういう人でも見てわかるようにできたらと思い、開発しました。
なるほど、皆さん本当に自発的・自主的に関わってらっしゃるのですね。
大学と連携し、PandAの機能改善からグルーバル LMS "Sakai"の改善へ
9月の講習会での発表、私も聞いたのですが、そこで武田さんはPandAが好きだと仰っていました。それはどういう理由からなのですか。
LMSであるSakaiのHP
武田:そうですね。最初気になったのは、PandAが"Sakai"という、アメリカで開発され国際的に使用されているLMSをベースに作られていることを知ったときです。日本の大学が海外の、しかも独自性の強いシステムを利用しているということが、まず気になりました。
調べてみたところ、PandAではREST (REpresentational State Transfer) API(Application Programing Interface)という外部からアクセスするためのインターフェイスが設定されており、PandAのデータを連携することで、新たな機能を追加することができました。これが Comfortable PandAを開発する上での契機となりました。
もしAPIが設定されていなかったら、Comfortable PandAを作ることはできなかったので、そういった仕組みをちゃんと用意してくれていたというのはとても嬉しかったですね。他大学の場合、できるところはそう多くないと思います。
現在は、PandAを管理している情報環境機構の梶田将司先生とも協力されていると聞きました。
武田:はい。梶田先生から連絡があり、勧められて PandAの機能改善ソフトウェア開発事例(「Code for PandA 事例」)に申請したところ、2021年5月に正式に認定を受けることになりました。
初めて梶田先生から連絡があったとき、「非公認」の拡張機能である Comfortable PandAのことを怒られないかとも思ったのですが、話してみると、大変物珍しそうに、また嬉しそうにされていて、学生が自発的にやっていることを喜ばれているようでした。
「公認化」後も梶田先生とはやりとりをしており、現在は、Comfortable PandAの仕組みをPandAの元となったLMSであるSakaiの方に反映させるという、「Comfortable Sakai」の開発に取り組んでいます。この成果はSakaiの国際会議で発表する予定です。
先ほど NIIのサイバーシンポジウムでも発表されたと仰っていましたよね。日本全国から次は世界へと、ますます活躍の場が広がりますね。Comfortable PandAの運営は今後も3人で続けていくのですか。
NIIのサイバーシンポジウムの様子(動画)。
詳細はこちら(NII「教育機関DXシンポ」第35回(2021年6月25日))。
武田:しばらくの間は続けていくつもりですが、大学院に進学してからは十分に管理できなくなるかもしれません。そのため、現在、ゆくゆくは情報環境機構の方でPandAの機能の一部として保守・管理してもらうという方向で話が進んでいます。
そうなのですね。情報環境機構で管理するとなるとComfortable PandAの名前が残らないかもしれませんが、良いのですか。
武田:むしろそうなれば本望です。その時はPandA自体がComfortableになっているということなので。
河野:本家に取り込まれるというのは、私も嬉しいです。
遠藤:私もです。そもそもの目的はPandA自体が便利になることであり、見逃すことなく課題に取り組めるようになることだったのですから。
なるほど、そのように考える学生がこんなにもいるということに感動しています。
大学の仕組み改善に学生の力を/授業での良い試みは「コロナ後」も残して
今回の取り組みは「学生発」というところがとても面白いと思っています。他に何か、大学の仕組みへの学生の参加という点で考えられていることはありますか。
武田さんのHP Das82.com。武田さんがこれまでに開発してきた、Comfortable PandA以外のツールも公開されている。
河野:大学の各種のシステムを改善したいという学生は、多いと思います。そのためもう少し介入できる余地があれば良いのにとは感じています。例えば、先ほどお話ししたAPIを設定しておいてもらえたら、そのあたり詳しい学生は自発的に改善しようとすると思います。残念ながらPandA以外のシステムでAPIが設定されたものはないようで、可能な範囲で設定してもらえていたら嬉しいです。
武田:学生の参加という点では、APIのことと合わせて、こういう形なら勝手に利用して構わない、改善しても良いといった規約のようなものが各サービスごとに整備されているとありがたく感じます。今回Comfortable PandA を公開するにあたっては、そういった規約がないかと調べたのですが準備されておらず、やむを得ず「非公認」という形でリリースすることになったのです。
また、これはある先生が仰っていたことですが、学生のアイデアを吸い上げるような仕組みがあったら参加したいという人は多いのではないかと思います。何かコンペのようなものがあったら、という話でしたが、そういった仕組みがあれば、大学の仕組みを改善する学生のモチベーションは上がると思います。
学生のアイデアを募るコンペというのはとても面白そうですね。他に京大の授業や教育に対して求めるものや要望のようなものはありますか。
河野:今回、オンライン授業になって導入された仕組みのうち、良いものについてはコロナ後も継続していってもらいたいです。例えばオンラインでのレジュメの配布や、課題の実施などです。
遠藤:オンライン授業の際に、授業を録画した動画を見られるようにしてもらえたのは、とても有り難かったです。一度授業で聞いた話を、改めて動画でみて復習するという形で、使わせてもらいました。授業動画の共有というのはぜひ続けていってもらいたいです。オンラインで授業を実施されながら動画を共有されていらっしゃらない先生についても、ぜひ前向きに、共有することを検討していただけると嬉しいです。これは「サボりたい」からではなく、授業内容をより深く理解したいからです。
武田:オンライン授業のなかでは、例えば授業中に学生からのコメントを受け付けて、ディスプレイ上で流れるようにする工夫をされたり、YouTubeライブを利用されたり、ICTを用いて多様な工夫をされている先生が複数いらっしゃいました。コロナ後も、そのような取組や工夫はぜひ続けていって欲しいと思っています。
なるほど。この度はお忙しいところありがとうございました。
インタビューに参加した面々。上段左より時計回りに、高等教育研究開発推進センターの鈴木健雄特定研究員、同センターの長岡徹郎研究員、田口准教授、河野さん、武田さん、遠藤さん。
(聞き手:田口真奈/記事構成:鈴木健雄/写真撮影:長岡徹郎/
インタビュー実施日:2021年9月24日/本記事公開日:2021年12月9日)